ある晴れた日に、永遠が見える… 14

posted in: ある晴れた日に永遠が見える | 0 | 2013/7/25

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  ※R描写あります。

一夜明けるごとに、カナの傷は癒えていった。
フラッシュバックは時々襲ってきたが、そんなときは薬を飲んだ。
そうして数時間をやり過ごす。
夜は睡眠薬の助けを借りた。おかげで夢を見ることも無かった。

目覚めるとき、カナはきまって二つの感情に捉われる。
また寄る辺ない一日が始まるという無力感。
やがてジャヌの腕の中にいる自分に気づく。
するとカナを、ゆっくりと世界に対する信頼が満たして行く。

丘の斜面に広がる庭園を、二人は散歩していた。
庭のはずれの古びた塀には藤のつるがからみつき、
ところどころに季節外れの紫の花房が垂れている。
イタリアでは花の咲き方まで日本と違う。
日本では一斉に咲いて、一斉に散ってしまうのに。

小さな流れに沿って歩く。
さっきから随分長い時間、ひと言もしゃべらずに歩いている。

歩きながら、カナは考え込んでいた。
バカンスがあけたらカウンセラーに通おう。
それともアンをつかまえて、聞いてもらおうか。
ジャヌには、話せない…

カナのスカートの裾が小道の脇の植え込みに触れると、ラベンダーの香りが立ち上った。
その香りに誘われてしゃがみ込み、勢いよく広がる花穂に顔を寄せる。

「話してもいいよ…」 カナの頭上でジャヌがつぶやくように言った。
「えっ?」
「だから、話してしまえば? 少しずつ、吐き出してしまえばいい。
あのときは何も考えたくなかった、何も話したくなかった。でも今は違うだろう… 」

「だけど…」 
小さな花の塊と白っぽい緑の葉に視線をとどめたまま、カナは迷っていた。
「僕には話せない?」
ジャヌも腰をおとすと、カナの目の前の花穂に長い指を伸ばし、下から上に撫であげるように触れた。
ひときわ強い香りが、カナを包む。
その指の動きに、カナの体の芯が、風に揺さぶられる花のように揺れた。

突然何かが生まれたような気がした。
そのことに勇気付けられ、カナはジャヌの深い沼のような瞳に見入った。
この沼のなかに、彼はすべてを静めてくれる。
なるべく早く苦しみから抜け出すために、ジャヌのためにも、できることは何でもしよう…
カナは立ち上がり、小道の傍らのベンチにジャヌを誘った。

「一番辛いのはね、私達、とても幸せなときがあったってことなの。」
「わかるよ。」
「本当に?」
「だって好きだったんだろう。好きな相手と過ごす時間が幸せでないはずないよ。」
「そう、彼、魅力的だったわ。
ひどいことなんか一度もしたことなかった。けんかのときだって…」
ジャヌは黙って聞いていた。

「だから余計分からないの。
なぜ? なぜあんなことができたのかって… そればかり考えてしまう…」

ジャヌが励ますように、言葉をひきとる。
「僕も時々考えるよ。でもやっぱり分からない。
なぜ男が愛する女を、かつて愛した女を、平気で傷つけられるのか。」

「ふと気がつくと、いつの間にかその問いが私の中に渦巻いている。」
「彼を理解したいと?」
「どうかしら… 理解したいのか。理解すれば許せるのか。ただ考えてしまうの…」

「でも一人の人間を、特に心の奥の闇の部分を、そう簡単に理解できるものかな。」
「きっとできないと思うわ。
ただ私なりに、どんな形でもいい、納得できるものが欲しい。
そうすれば、起こってしまったことを受け入れられる、過去のこととしてやり過ごすことができる、
そんな気がして。」

「ひとつだけ分かっていることがあるよ。」
唇の端でジャヌが笑った。その懐かしい笑顔に、また体の奥に震えが走る。
「分かっていることは、彼の存在に関係なく僕たちは出会ったということだ。
そして僕たちの未来にも、彼は関係ない…」

この時から、カナはより多くのことをジャヌと語り合えるようになった。
朝は庭を散歩しながら、おしゃべりをする。
そのあとはプールサイドで過ごす。
いつの間にか、それが日課となっていた。

三日の予定が八日目となったその日も、散歩を終え、
カナは摘んできた花をプールサイドでスケッチしていた。
ジャヌはプールで泳いでいる。

時々カナは鉛筆を走らせる手をとめ、泳いでいるジャヌの背中を目で追う。
カナが追っているのはジャヌの背中の薄赤い斜めの線だ。
ジャヌが私のためにまとうモード… 私の、空間概念… 
あれからジャヌは、その跡が消えかかると、なにか口実を作ってはカナに背中を打たせるように仕向けるのだ。
おかげで彼の背中はいつもその美しい筋をまとっている。

それは一筋の闇だった。
僕を誘う甘い闇… 甦るジャヌの低い声に、その薄赤い闇が重なる。
カナの亀裂にジャヌが欲情するように、カナもまたジャヌのほころびに激しく誘われていた。
その奥まで、たどりつきたい…
それは一筋の希望だった。

その日はプールサイドにもう一組カップルがいた。
朝食ルームなどで耳にはさむ英語のイントネーションから、
アメリカの北東部の出身だとわかる。

胸毛に覆われた真っ白な肉付きの良い体を陽にさらして、男は眠っている。
女は栗色の長い髪をひとつに束ね、豊かな胸をカラフルな柄の水着に包んでいた。
濃い色のサングラスをかけ、本を読んでいる。

ふと女が本から顔をあげた。
サングラスの奥の目が、泳いでいるジャヌを追い始める。
彼女が追っているのも、ジャヌの背中の薄赤い筋だ。

「ジャヌ!」 カナはジャヌを呼んだ。
突然、カナはこれ以上彼を女の目に曝しておくのがいやになった。
このごろ特にそんな思いが募る。
自分だけのものにしておきたいのだ。
その背中の赤い筋を。

いきなりカナの足元から、ジャヌが顔を出した。

「呼んだ?」
「ねえ、ジャヌ。そろそろプールからあがらない?」
「どうして?まだ泳ぎ足りないよ。あと1キロくらい泳がないと。」
そんなに…とカナが不服そうな声を出した。

「あの女があなたの背中ばかり見ているのがいやなの。」
ジャヌは含み笑いをすると、じゃ、背泳ぎならいいねとまたプールに戻った。
しかし女がさらにぎらついた目でジャヌの胸や腹を見つめるので、カナはまたしてもジャヌを呼んだ。

「なんだい、カナ…」
「やっぱりダメだわ。ジャヌ、私これ以上あなたがあの女に舐めるように見られてるのが耐えられない…」
「じゃ、見ないようにすればいいね。」
そういうとジャヌはいきなりカナの唇を奪った。

カナは目の端で、女がため息と共に目をそらすのを見た。
濡れたジャヌの背中に指を這わせる。
そっと、斜めに走る、うっすらと膨れた筋を指でたどる。
ここに唇をあて、彼にあえぎ声をあげさせたい。

「ジャヌ、部屋に行かない?」
ジャヌは待ってましたとばかりにカナを抱きかかえると、そのまま塔に向かって歩き出した。
「おろしてよ。わたしもうちゃんと歩けるんだから…」
「歩けるし、走れるから、逃げられないようにしなきゃ…」
「なに言ってるのよ…」
「君がその気になるのを待ってたんだ。」
「ジャヌ…」

ベッドにジャヌをうつぶせに寝かせ、カナは背中の赤い筋に唇をあてる。
そっと舌でたどると、ジャヌの背を戦慄が走る。
「気持ちいい?」
「ああ…」
「感じる?」
「すごく…」

「裸になるのよ。」
ジャヌが水着を脱いだ。
自分にむかって伸びるジャヌの手を払いのける。
「だめよ。私に触れてはだめ。」

いつになったら? と切なげにジャヌがカナを見る。
カナはそれを無視して、ジャヌに指を這わせる。
ジャヌのその部分が形を変えているのを確認する。

「ジャヌ、自分で、しなさい。」
ジャヌが問いただすようにカナを見る。
「あなた私にいきなりキスするし、抱きかかえたりして、彼女がどんな目で見たと思うの。」
「どんな目だった?」
「ああ、あの二人はこれからって…」
「それが何故悪いのかな。」

「悪いわ。わたしこのあとどんな顔をしてあの人の前にでればいいのよ。」
本当はそんなことまったく平気なくせに、カナは次のひと言のためにこんな芝居がかったことを言っている。
「罰よ。」
ジャヌがうなだれた。だが、それは喜びを隠すためだとカナは知っていた。

「自分で、最後までしなさい。」
「では王女も裸になってください。
王女がそんな格好では私もその気になれません。」
カナは一瞬ためらった。
痛みはほとんど癒えていたが、まだうっすらとあざは残っているし、完全に傷跡が消えているわけではない。

だがジャヌの瞳を覆う欲望に心が動いた。
そこに贖罪も哀れみもないのを確かめると、カナはブラウスのボタンをはずし、ジーンズも、下着も脱ぎ去った。

「王女、あなたに触れたい…」
「だめよ。」
「ではもっとよく見せて…」

カナは少しだけ近づき、ジャヌの前に全身を曝した。
ジャヌは起き上がり、ヘッドボードにもたれ、片足を投げ出した。
もう片方の足は膝をおり、少し胸にひきつけている。

左手でからだを支え、右手を自分自身に添える。
その手がゆっくりと上下し始めた。

カナもベッドの端にのる。
ジャヌの目が濡れたような輝きを放っている。
ジャヌが私を欲しがっている… そのことが痛いほどわかるのに、
カナはそれ以上ジャヌに近づくことができない。

「王女も足を開いて…」
カナは言われるままに、ジャヌの前に足を開いた。
「自分で触ってみて…」
そっと指を動かしてみる。すでにそこは感じていた。

私だってジャヌが欲しい… でも…

ジャヌの呼吸が早くなっていく。
せつない目でカナをひたと見据えたまま、一人で…
その目が伏せられた…
カナは思わず体を寄せ、ジャヌを口に含んだ。

ジャヌが大きく喘いだ…

欲しがりながらも自分を与えられないカナを、ジャヌはそっと抱きしめる。
「これは罰なのかな? それともご褒美?」
「どちらだと思う?」
「どちらでも僕には同じだ…」
「そうね、私にも同じだわ。」

カナは裸のままジャヌの膝に抱かれていた。
官能の波はすでに去っていたから、カナは安心して抱かれていることができる。
「さっきのも一回には数えないね?」
カナは小さくうなずいた。

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