新しい派遣会社に登録した日の夜、思い切ってドンファに電話をした。
彼は就職を喜んでくれ、
『お祝いしよう』 と私を誘った。
だが約束の時間にドンファは現れず、
待ち続ける自分が憐れに思えてきた頃、
ドンファが後ろから私の肩をたたいた。
『ごめん、もう帰ったかと思った』
その声が心もち前とは違っている。
言葉はしっかりと意味を持ち、声だけにはならず、
酒と一緒に私の血の中にも入ってこない。
『無理させちゃった?』
私はドンファが打合せやプレゼンや撮影を、
殺人的なスケジュールでこなしているのを知っていたので、
もしそうなら申し訳ないと思った。
ドンファは黙って首を横に振り、
一気にブランデーを飲み干すと私の手を握り、しばらく弄んだあと、
ようやく口を開いた。
『これからどうする?今夜は遅いし… 送っていこうか』
その声は即物的で、私を溶かしたドンファとは別人のもののようだ。
声の中に、私に対する欲望をさがす…
『ううん、まだ帰りたくない。もしあなたがよければ…』 私は自信なく答える。
今夜は隣の女子学生のところに恋人がやってくる。
ドンファと抱き合っていてもいなくても、私たちがしらけた気持ちになるのは間違いない。
それだけはごめんだった。
私たちはタクシーにも乗らず、
酔っ払いや客引きが群れる繁華街のネオンの下を歩いた。
ドンファはあまりしゃべらず、ずんずん暗い通りに分け入って行き、
やがて一軒のラブホテルの前で足を止めた。
『ここでいい?』
この前ドンファが口にしたホテルもさほど遠くはないのにと、
少し不思議な気がする。
場末の、いかがわしい雰囲気を漂わせたラブホテルとドンファは、
あまりに似つかわしくなかった。
けれども少し投げやりな彼の様子に、私はうなずくしかない。
ロッカールームの雀たちのさえずりが頭をよぎる・・・
二度目はお義理…
互いに顔が見えないようにブラインドが下ろされた窓口で、
ひしゃげた声の女が言った。
『おにいさん、もう特別室しかないけど…』
振り向いたドンファに、もう一度私はうなずく。
特別室は、それまで私が知っていたラブホテルのどの部屋とも違っていた。
入るとすぐ、オレンジ色のビニールレザーが張られた、
昔の歯医者の椅子のようなものがあった。
色々なボタンやレバーがついている。
椅子から目をそらしたい… だが出来なかった。
肘掛と足の部分には革ベルトがついていて、
これが拘束具だと、一目でわかった。
私を縛り付けたまま椅子は、どのボタンで後ろに倒れるのだろう。
台に留められた足は、どこまで大きく左右に開かれるのだろう。
椅子を凝視する私を、ドンファが見つめている。
『怖がらせた?』
声が以前のように柔らかかったので、私は安堵し、
精一杯の笑顔を彼に向ける。
一人で部屋に取り残されるのがいやで、せがんで一緒にシャワーを浴びた。
ひと足先に出たドンファが、
腰にタオルを巻きつけただけの姿でベッドに横たわり、天井を見上げている。
私が近づくと身を起こした。
手にラインストーンをちりばめた手錠を持っている。
『ごらん、よく出来てる』
そう言うとドンファは自分の手に手錠を嵌めた。
これからいたずらを始める子供ように、彼の目が光った。
椅子は恐ろしかったが、手錠はそれほどでもなかった。
七色に輝く、きれいな玩具にすぎない。
手錠を嵌めたまま、ドンファがベッドを滑り降り、床に跪き、頭を垂れた。
『僕はどうすればいい?』
指を伸ばしてなめらかなドンファの顎に触れ、顔を上に向かせる。
その瞳が欲情に潤んでいるのを確かめ、
私は跪いたままの彼に覆いかぶさり、唇を奪う。
ひとしきり唇を貪ると、私は片足を彼に向けて差し出した。
彼の舌はたんねんに指をなぞり、ふくらはぎから腿の内側を這い登ってくる。
足の付け根へと、舌は快楽を押し上げる。
やがてたどり着いたところで舌は転がり、深く押し入り…
…思わす私は声を飲みこむ…
けれどもう… その次にはもう押さえようもなく、
熱く熱せられた声が、あふれ出てしまう…
彼の指が欲しくて、手錠の鍵を探す。だが鍵はどこにもない。
途方に暮れていると、ドンファが笑った。
『鍵は、ないんだ…』
驚いて私はサイドテーブルの電話を見る。
フロントに鍵を開けてくれと頼まなければならないのか。
愉快そうにドンファがまた笑った。
『こうするんだ』
手錠でつながれた手首をカチリと打ち合わせると、
ばねが外れる音がして、閉ざされていた輪が開いた。
その手錠を、ドンファは私に嵌めた。
裸の体の前で両手が繋げられると、不思議な気持ちになった。
まるでドンファの意のままになる女奴隷になったような、
自分では身動き一つ出来ない、人形になってしまったような…
試しに跪いて、彼の足先に口づけてみる。
だがドンファは私を抱き起こし、ベッドに座らせて言った。
『同じことをしても面白くない』
確かにその通りだと思ったので、
私はドンファがやったように手首を合わせた。
とても簡単に、手錠は外れた。
もう一度、私は自分で手錠を嵌めてみる。何度かはずしたり、嵌めたりする。
ドンファはしばらくして、
手錠を嵌めた私の両手を体の上に持ちあげるとそのままベッドに倒し、
少しヘッドボードのほうに引き上げた。
そして手錠を、ヘッドボードのフックに付けられた金具に繋いだ。
私は両手を頭上にあげたまま自由を奪われて、裸身を彼の前に曝した。
『どんな気分?』
『少し怖い』
『少しだけ?』 本当は怖くなどなかった。
ただ、おびえた振りをしてみたかった。
ドンファは壁にかけらた鞭を取りベッドに戻ると、私の足を左右に開いた。
足は拘束されたわけではなかったけれど、
まるで鎖でつながれて身動きが出来ないような気になる。
ドンファは柔らかな革ひもの先や鞭の柄で私の体のあちこちをなぞり、
私が震えたり、体をくねらせたりするのを楽しんでいたが、
やがてどこからか黒い細い布切れを取り出し、それで私の目を覆った。
加えられる愛撫は、唇だったり、舌
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