ピラミッドだけじゃないエジプト ① コシャリ、ハト、モロヘイヤのスープ 前編

posted in: 旅とイタリア | 0 | 2013/3/22

エジプト二度目にして初めて、国民食とも言われるコシャリを食べた。
食べたものをめぐって……。

◆3月4日

早朝着。
この日はプライベートガイドとカイロを歩くことになっていた。
空港から同行してくれた英語アシスタントが、ホテルロビーで、
Amr君(アムロ・日本語堪能)をガイド、もう一人Th君(タハ・英語のみ)を、
ユアーツアーリーダーと、紹介してくれた。
ツアーリーダー?
頼んだのはガイドだけのつもりだったのに、これじゃおおがかりな、
ガイディングと旅程管理が役割分担されたツアーだ。
客はたった一人なのに……。

シタデルとイスラム地区1日ツアーには昼食がついていた。
前回のグループツアーでは全てしっかりしたレストランで食事していたので、
このツアーの昼食もレストランとばかり思っていたら、違った。
まず、何を食べたいかと聞かれた(普通はセッティングされている)。
エジプトの伝統料理、と答えたら、
コシャリか、ターメイヤか…とふられ、コシャリを選んだ。
どちらもファストフードだけれど、初体験だし、まあいいか。

ドライバーおすすめのコシャリ屋に入る。
テーブルにはステンレスのポットにステンレスのコップがひとつ、
調味料らしき瓶といっしょに並んでいる。
ポットにはただの水道水。
ツアーガイドはこの水を飲んだ。
ドライバーも同じコップからこの水を飲んだ。
ガイドは何も飲まなかった。もちろん私も。

コシャリ屋にはコシャリしかない。
モロヘイヤのスープ(前回のお気に入り)なんて、もちろんない。
ビールがないのは覚悟していたけれど、コーラもミネラルウォーターもない。

コシャリとは、ごはんにマカロニや細くて短いスパゲッティ、
ひよこまめにレンズまめが入ったもの、揚げタマネギ(これがうまい)が乗っている。
辛いトマトソースをかけて混ぜながら食べる。なかなかいける。
が、だんだんと食べるのに疲れてくる。飽きてくる。
炭水化物以外のものが欲しくなる。
それでも、もくもくと食べる。空腹だったのだ。

エジプトでは食事があっというまに終わってしまう。
なんといっても、お酒を飲まないからね。
それにスケジュールがしっかりと決まっているツアー、
特に日本人向けに作られたツアーでは、食事時間はあまり取られていない。
が、それだけでもなさそうだと、6日間の滞在で思うようになった。
もしかしたらエジプトには、日常の食事に、会話を楽しみながらゆっくり時間をかける、
という習慣がないのではないか(日本も飲まなきゃ似たようなもの?)。

まあ、コシャリは一気にがしがし食べるものだし、
食べ終わった後のコシャリ屋に、飲み物もなしに居座るのはあり得ない。
中級以上のレストランにはお酒もある(はずだ)し、
この限りではないかもしれないけれど、
今回食事を共にしたエジプト人が、なべて皆一目散に食べ、
あっという間に食べ終わるのだ。
そして、食べ終わったとたん、じゃあ行こうか、と、すっと立つ。

イスラム教というのは、美や快に対して独特の定義と規範を持っているけれど、
食べるという快も、他の快と同じように、
イスラム法による定義と規範の下にあるのだろうか。
その場で疑問が疑問として形にならず、事例も少なくて結論まで至らず。

さて、イスラムの国で会話を楽しむのに、シャイ(ティー)タイムがある。
街角のいたるところに茶店があり、水タバコとシャイで、
えんえんと座わりつづけ、しゃべり続け、あるいは、
ひたすらぼんやりしている(主に)おっちゃんたちを、山ほど見た。
私もこの日、モスクを何箇所かまわった後、車や、オートバイや、
学校帰りの少女や少年たちや、
荷車を押す人や引く人が行きかうイスラム・ロードの茶店で、
水タバコの香りがただようなか、まったりとシャイタイムを楽しんだ。

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茶店の店内。壁にかけられたのは水タバコのきせる。
椅子と小さなテーブルが歩道に並ぶ。道路を挟んだ反対歩道も店内。

 

◆3月5日

カイロから370キロ、砂漠ツアーの拠点となるオアシス都市バハレイヤ、
ベドウィン族のムハンマド邸で昼食。
マカロニのスープにスパゲッティ入りのごはん、
鶏にトマトベースのソースをからめたグリル、
トマトときゅうりとピーマンの刻みサラダ。
ごはんにポテトとトマトの煮込みグリルを混ぜながら食べる。
みな美味しかった。
あっというまに食べ終わり、シャイ。
ここではシャイを、おしゃべりも、まったりもなしで飲む。
夜はバーベキューだよ、すごく美味しいから楽しみにしてて、とガイドが言った。 
現れたのはベドウィン二人。四駆のドライバーMgd(マグディ)と、
助手兼歌手のSmh(サムハー)。
この日も客一人にお世話係三人。

野営地に着くと、ベドウィンは車を支えに風除けの幕を張り、
砂の上に絨毯と薄いマットレスを敷く。
同じマットレスが背もたれとしても置かれている。
その後、この二枚は私とガイドのシングルテントのベッドとなった。
ベドウィンのツインルームは風除けの幕、ベッドは砂と絨毯。
天井は砂をそのまま宙に撒き散らしたような星空。

食卓は、緑に塗った細長い木のテーブルだった。
四駆の屋根に薪や毛布や鍋と一緒に積んできた、手作りの一点もの。
ポテトチップの袋とアップルサイダー、コーラ、水などがでんと置かれる。

暮れていく空を背景にSmhが薪で火を起こすのを、 sabaku_41
マットレスにもたれながら眺める。
ぐん、ぐん、と気温が下がっていく。
私は毛のセーターの上にコート、
ひざには日本から持ってきたフリースのインナーシュラフをまきつける。
MgdもSmhも涼しい顔で、傍らで料理を始める。
ポテトとトマトと黄緑の細長いパプリカの煮込み。
燠になった焚き火に格子の炉(昔の小さなコタツみたい)をおき、Smhが鶏を焼く。

プロパンコンロでは野菜煮込みが出来上がり、次にスープを作る。
バサバサっと、袋からパスタを入れる。食べる前にトマトを加えて暖める。
最後にご飯をたく。
たっぷりの油でコメを炒め(もちろん洗わない)、水を加えて煮込む。
ときどきSmhが鶏の焼き具合を確かめたり、ひっくりかえしたりしている。
火が小さくなってきたので格子の炉の四隅を棒切れで叩いて、火に近づける。
Mgdはコメをずっとかきまわしている。 ずいぶん時間がたって、
ガイドが、そろそろいいんじゃないのと声をかけ、夕食となる。

スープのマカロニはふやけていたけれど、まあ美味しかった。
ご飯は野菜煮込みを混ぜながら食べると、美味しかった。
鶏はずっと焼き続けたせいか、表面がこげていて、ぱさついていた。
この鶏の骨を目当てに、砂漠の狐フェネックが現れた。

私とガイドのAmrはテーブルで、
MgdとSmhはそのすぐ脇で、皿を敷物において食べた。
そう言えばベドウィン邸でも、彼らは私たちとは別に、
玄関の外の、大理石を研ぎ出したひんやりとしたテラスに敷物を敷いて、
スープだけはそれぞれの碗から、他の料理は一つの皿から食べていた。

デザートは、Smhがトラックの果物売りを停めて買った
ポンカンに似たみかんと、用意してきたバナナ。
みかんはみずみずしく、皮をむくと良い香りがする。バナナは黒ずんでいた。
後で、あちこちの露台でみかんとバナナを売っているのを見た。
枝がついたままのバナナの房を、
ロープ一本見事に荷台一杯に積み上げて走るトラックも、たくさん見た。
後日、そんなトラックを見かけると、バナナも食べてみればよかったと、悔やんだ。

 

◆3月6日

sabaku_45 明け方に起こされて、
ごそごそとテントから這い出す。
昨日沈んだま反対から太陽が登るのを、
黙って眺める。
薄いばら色に、岩も砂もしっとりと染まっていく。

 

 

 

砂漠の真ん中に緑のテーブルが置かれた。
見渡す限りの世界に、私たちしかいない。
テーブルを挟んで二枚のマットレス。

朝食はアップルジュースの紙パックにゆで卵、
コンロであたためた、食べるときにはほとんど冷めている、アエーシという平たいパン。
こってりとしたはちみつをつけると、冷めていても美味しかった。
MgdとSmhは、私たちと向かい合わせにテーブルに座り、
一緒に朝食を食べた。

 

昼食は前日と同じベドウィン邸だった。
アエーシ、揚げナス、ひよこまめの煮込み、ポテトフライ。
アエーシで煮込みをすくって食べる。
あるいはアエーシに揚げナスをはさんで、それで煮込みをすくって食べる。
スプーンなし。全て美味。

MgdとSmhも一緒に丸いテーブルを囲んだ。
砂漠で共に一夜を明かしたから、私と彼らは、テーブルを共にする仲になったのだろうか。
テーブルに四人、コップは二つ。
ひよこまめのお皿三枚、揚げナスの皿も三枚、
ポテトとアエーシの皿は二枚づつ。
どの皿が誰のものという区別がなく、
皆なにも考えずに、思うままに手を伸ばしているように見える。
相変わらずおしゃべりはせず、一心不乱に食べる。
シャイも一生懸命に飲む。

モスクから、昼の祈りを告げるアザーンが流れてきた。
お祈りしないの? とSmhに聞くと、あとでするよと答えた。

彼らと別れ、カイロのドライバーの車に乗り込む。
一夜の夢と化しつつある、オアシスから200キロ後方の砂の世界を、
カイロの雑踏と賑わいが上書きしていく予感をかみしめながら、
ひたすら走り続ける。

ふと、みかんはホテルの近くのスーパーでも買えるよね? とつぶやいたら、
Amrが突然車を停めた。ちょっと待っていてくださいと降りる。
見ると沿道の果物売りからみかんを買っている。
気が利きすぎのAmr君であったが、ホテルで食べたみかんはジューシーでもなく、
良い香りもせず、甘さも砂漠のみかんに及ばなかった。
シティーボーイのAmr君は、古いやつをつかまされたんだろうか。
それとも、カイロに近い沿道で売っているみかんは、みんなあんなものなんだろうか。
きっと砂漠とは何かもが違うのだと、私は妙に納得していた。

 

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