◆3月7日
一人で地下鉄を乗り継いでオールドカイロに行く。
コプト教の教会や墓地、修道院が残っているキリスト教地区。
カイロはここから始まった。
駅の脇のカフェ兼軽食屋に入る。
観光客相手のパウチしたメニューがあった。
スープはないのかと問うと、グッドレンティルスープがあるという。
ここにもモロヘイヤはない。
ターメイヤ(ソラマメのコロッケ。これも国民食)を頼むと、
ディルとコリアンダーの葉の上に乗って出てきた。
スープは黄色で、ポタージュ状で、美味しかった。
ターメイヤは予想と少し違って、あまり味がなかった。
アエーシに挟んでひとつ、そのままでひとつ。
帰り、地下鉄に乗る前に、BEERと手書きの紙が張ってある、
観光客相手の飲み物店で、ご当地ビールStellaを買う。
中缶二本で50p(エジプシャンポンド)。うっかり言い値で払ってしまう。
ホテル周りではビールを売っている店が見つからず、
部屋のミニバーにもアルコールはない(ルームサービスでは頼める)。
去年のホテルには、ルクソールでもギザでもミニバーにビールくらいはあった。
イスラム政権になって、アルコールに厳しくなっているのだろうか。
ここはキリスト教地区だから、それでもお酒を買えたりするのだろうか。
ワインもありまっせマダム、と抜け目のないエジプト商人が迫る。
ふ~ん、と興味なげに応じる。持って帰るのも重いし。
それでも、数歩階段を下って、半地下の店の奥をのぞく。
聞くと150p。2000円とあっては、私でも高いと思う。
125pに下がる。
ノーノーと帰ろうとすると、いくらなら払えるのかと言う。
70p。
ダメダメ、100pだ、とエジプト商人。
うっかりしたことに、いつの間にか値段交渉に入っている。
70p。
100pだよ、だってほら、ちゃんと持ってるじゃないか。
ツワモノ商人は、財布に50p札が二枚と20p札が一枚入っているのを知っている。
私は50pを指し、これは必要な金なんだ、70pしか払えないと言い張る。
それに、さっきビールに50pも払ったじゃん、と言ってみる。
OKと、契約成立。
写真を撮ってこなかったけれど、検索でラベルを発見。
たぶんオマールカイヤーム(ハイヤーム)。
エジプト定番ワインで50p前後と別記事にあった(2012.12月)。
この店の売り方がちょっと密売風だった。
Stellaは通りに置かれた冷蔵庫に、手前のコーラにすっかり隠れるように、
ひっそりと置かれていた。
ワインも外からはまったく見えない。
エジプトではお酒がこれほどにも肩身が狭い。
中級以上のレストランやホテルにはあるというので、
外国人が飲む分には気にすることもないだろうと、思っていた。
けれども、庶民レストランにさえお酒があったイスタンブールとは、
雰囲気がまったく違う。
そういえば砂漠で、不思議なことにビールが恋しくなかった。
久しぶりにアルコール抜きの夕食だった。
ベドウィンの歌と太鼓ですっかり満足だったのだ。
◆3月8日
アレキサンドリアで、きんかんのようなものを荷台で売っているの見つけた。
ガイド(Amr君ではない)に頼んで買ってもらったものには、 きれいに枯れた袋がかぶさっていた。
ほおずきだった。
日本では食べないけれど、ミラノで、
ほうずきのチョコレートがけを食べたことがある。
種はほとんど感じないほどで、甘酸っぱくて美味しい。
口の中に少し渋みが残る。
ガイドに、昼食何食べたいですか、と聞かれた。
コシャリはもういいし、ターメイヤもいらない。
マクドナルドもケンタッキーもあるよ、とおじさんガイドは言う。
私は前の晩、ホテルの部屋で貴重なビールと共に、
近くのマクドナルドのフィレオフィッシュ(日本と同じ味)を食べていた。
10p。テイクアウトで+1p。
せっかく砂漠を地中海に抜けてきたのだ。
シーフードレストランに行くしかないだろう(このツアーの昼食は自腹)。
海を臨む高級店に入ると、日本人団体客が食べ終えたところだった。
ショーケースに並んだ中から好きなものを選び、好きな調理法で頼む。
ガイドは80p(これは観光客値段、ガイド値段は50p)の定食、
私はアサリに似た貝をスープで、わたり蟹に似たカニをグリルにしてもらった。
アエーシとタヒーナ(ゴマのペースト)他何種類ものペースト、
サラダがついてきた。
冷えた白ワイン、といきたいところだけれど、ノンアルコールビールにする。
ぴりりと香辛料の効いたスープは絶品だった。
カニもスープに入れてもらえばよかったかなあ。
グリルはエビもよかったなあ。
ペーストはタヒーニが美味しかった。
チップ5pを入れて120p。
安い! と思ったけれど、エジプトではきっと高いんだろう。
というか、いったいそれが高いのか安いのかが、よくわからなくなっていた。
前日の観光地食堂が60pだった。
フィレオフィッシュも日本の半額くらいだけれど、エジプトの人にはすごく高いんだろう。
ホテル近くのパン屋で買った惣菜パンが1p(14~15円)、
なのに表通りのおしゃれなお菓子屋の(似たような)フォカッチャは一切れ7.5pもした。
7.5pも、と書いたけれど、せいぜい100円なのだ。
けれどもこれが高いと感じる。
地下鉄が一乗り1p。
タクシーが、ナイルの対岸のドッキ地区ホテルから、
イスラム地区のハン・ハリーリ市場まで15p(3/9日のこと)。
このタクシーもホテルのポーターに、
ノーマルタクシーウィズメーターと言い張って、がんばって乗ったのだ。
ちなみにこのポーター、最初は、ハン・ハリーリ往復、安全なタクシーで100pでどうか、
と持ちかけてきた。
ノーマルタクシー! といい続けていると、いくらならいいのいかと聞いてくる。
無視していたらどこからかドライバーを引っ張ってきて、往復20pだと。
いや片道でいいんだと答えると、取引成立せず、ドライバーは去っていった。
これが5つ星ホテル前のやり取りなのだ。
去年のルクソールでも、半年前のイスタンブールの市場でも、
馬車引きの少年や、香辛料屋の店主や、スカーフ屋の店員との値段交渉で、
いつも疲れはてた。
ガイドブックには、現地人価格、観光客価格、そして日本人観光客価格と、
エジプトには値段が三種類あると書かれている。
誰に対しても値段が決まっている日本の感覚からすると、
ぼられるというのは非常に後味が悪い。
相手は不誠実なとんでもない詐欺師で、こちらは間抜けなカモなのだ、と。
けれども今回、少し考えが変った。
イスラムの教えの喜捨は、一日五回のお祈りや断食と並んで、
敬虔なお勤めのひとつだ(残りの二つは信仰告白と巡礼。五行という)。
モノの値段が、持てるものと持たざる者とで違うのも、この喜捨につながる。
ところで、富者が貧者を助け、金銭などを与えるときの喜捨は、
厳密に言うと義務であるザカートとは別に、サダカと呼ぶらしい。
ただ、私たちが考えるいわゆる慈善とは少し違うような気がする。
つまり行為は貧者にではなく、神に対して行われる、ということ。
だから貧者は、受けた喜捨を恥とも思わず、ましてお返しなど考えもしない。
日本人はよく、イスラム教徒にチップやおみやげをあげても、
彼らは礼一つ言わないと怒るけれど、
どうやらこのあたりの考え方の違いがあるようだ。
この言葉は施しと訳されるけれど、むしろ近いのはお布施か。
モノの値段については、考えてみたら日本だってどこだって、
その一定性が絶対確固なわけではない。
売る側と買う側の合意点である価格は、
両者の納得によるという意味では、いずれの社会も同じなのだ。
たとえば、世界中どこのホテルの部屋の冷蔵庫でも、
飲み物はホテルランク(星の数)に比例して割高となる。
しかも交渉の余地すらない。
私は、タクシーにはきっちり文句を言ったけれど、
実はそれほど気にしてはいなかった。
彼にとっては2倍のかせぎだったかもしれない。
でも私にとっては100円の喜捨だ。
オールドカイロのはずれ、モスクの入り口で靴をあずける。
引き取るとき、同じカウンターのおっちゃんに、言われるまま10p払った。
おっちゃんは、靴は向こうで保管してると別のカウンターを指差す。
こちらのカウンターのおっちゃんも、10pだと言う。
もうあっちで払ったよと言うと、(知ってるくせに)おおそうか、と靴を返してくれた。
モスクは、入場無料、喜捨歓迎なのだ。
それでも、いくばくかの授業料を払って学んだことが少しはある。
一、時間、体力、気力に余裕がないときはスーパーへ
一、到着後いきなりバザール(値札のない店)には行かない
一、バザールでは複数の店でリサーチをすること
一、この金額なら買う、という自分価格を決めておくこと
一、とりあえず半額を目指す
一、そんならいらないや、と、交渉の途中何度か帰るそぶりを見せる
一、お金を払ってしまったら、ぼられた分は喜捨及び授業料だと思う
一、不当だと思ったことについては文句を言う、あるいは怒る(日本語でOK)
一、中国人のふりをする ?
最後のは、前半お世話になったガイドAmr君のおすすめ。
彼曰く、中国の人はエジプト人より値段交渉が上手だから、と。
そう言えばどこでも、まず、ウエアアーユーフロムと聞かれたっけ。
あれは日本人と確かめた上で値段設定するためか?
律儀にフロムジャパンと答えていたけれど、今度お店で聞かれたら、
チャイナ、と言ってみようか。
でも、それも別の意味で後味が悪い。
彼らが詐欺師とすれば、こちらも騙りになればいいのかもしれないけれど、
彼らとの商取引を、騙し騙される行為に限定してしまいたくない。
後味というのは、いくらで買ったかより大きかったりもする。
そんなに高額商品でなければ、だけど。
【付記 1】
日本人観光客価格が出来てしまったことについては、
歴代日本人観光客の責任もある。
なにせ物価が違うし、商習慣もまったく違う。
まして日本人パッケージツアーには時間がない。
時間こそ値千金の日本人は、言い値で買い物するしかないのだ。
日本人が、あるいは日本人観光客の旅行スタイルが変らない限り、
日本人観光客価格もなくならないだろう。
◆3月9日
最後の日の昼食は、ハン・ハリーリ市場の近くでエジプト料理を食べようと思った。
ほんとは中級レストランあたりで、モロヘイヤのスープを飲みたかった。
でもなかなかみつからない。
仕方なくガイドブックにあった、「地元客にも人気のハト料理店」を探す。
同じブロックを二周して探し当てたのは、庶民的な、
テイクアウトもやっているスタンドだった。
細い路地に椅子とテーブルが一組、その奥の店内に三組。
店のテーブルに座り、モロヘイヤのスープある? と聞くと、ないとの返事。
メニューは? それもない。
何があるのかといえば、二種類だけ。
ハトのグリルと、ハトのお米詰めグリル。
お米詰め、ハマーム・マフシーを頼む。
一昔前の日本の学食で見かけたようなガラスコップに、
油染みた薄茶色の濁った液体が出てきた。
ワッツ? と若者に問えば、スープ、とひと言。
なるほどハトのスープね。
濃厚で美味だけれど、塩コショウしたらもっとおいしそう。
テーブルにあるプラスチックの容器はまさに塩・コショウ。
けれども、汚れた蓋をあけて容器に指をつっこむ気になれない。
レモンを絞りいれて半分ほど飲む。
野菜サラダにアエーシ、そしてお決まりのゴマペースト、タヒーナ。
タヒーナは、この店のが一番美味しかった。
ハトは皮がぱりっとして、美味しかった。
中のお米も、まあまあ美味しかった。
もっと熱々だったらよかったけれど。
セットで39pなり。
前日、アレキサンドリアに向かう道筋に、
サグラダファミリアのような、円錐形でてっぺんがまるっこい、
穴のあいた塔がたくさんあった。
ハトの巣だと、ガイドが教えてくれた。
もちろん、食用のハトの、である。
モロヘイヤスープは、今回、ついに飲めなかった。
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