『シリア』 アサド政権とシリア国民

posted in: Around the 中東、A piece of 中東 | 0 | 2013/9/22

シリア  アサド政権の40年史
国枝昌樹 平凡社新書 2012.6

「どこの国でもいいから助けてくれ!」
シリア国民の悲痛な叫びを聞いてほしい (JBPress 9/9)

『シリア』の帯には、以下のように記されている。

アサド政権はなぜつぶれないのか。
報道はどこまで正しいか
–この国を知り尽くした前大使が
「中東の活断層を」を解剖し、未来を占う。


この本は、シリアに波及した「アラブの春」以降の二年余りを、
アサド政権側に軸足を置いて見たものだ。
大統領の周囲の利権集団について、
また、政権の民衆への弾圧についても触れてはいるけれど、
悪である独裁政権 対 善である反政府勢力という見方は
少し前に読んだ『混迷するシリア』と同様、踏襲していない。

著者は2010年まで4年間シリア大使を務めた。
シリアの政治を現場で見続けてきた人ならではの話が満載で、
研究者の視点からの『混迷するシリア』より臨場感がある。
また、中東でシリアの置かれた複雑で微妙な、
歴史的、地勢的位置についての解説が秀逸で、
この本を読んでようやく霧が晴れたような思いでいる。

著者の国枝昌樹氏には先日、岩上安身がすごいインタビューを行っているけれど、
見逃した方は、そしてシリアや中東に対してモヤモヤを抱えている方は、
是非この本を読まれるといいと思う。
(しかしあのインタビュー、よくぞ三時間40分も喰いつくように問い続け、
その質問によどみなく、たるみなく、答え続けたものだよなあ。)

読み終わって、私はあらためて、シリアが可哀想になった。
政府軍と反政府勢力と双方の殺戮の犠牲者になっているシリア国民が、
というだけではなく、シリアという国がずっと大きな困難を生き抜いてきて、
それなのに、また今、国が崩壊するかもしれない困難に見舞われている、
ということで、だ。

シリアは問題をたくさん抱えた国である。その問題は今日の中東世界が抱えている問題である。シリアを眺めることで、現代史における中東世界が見えてくる。

国枝氏も、アサド大統領が米ABCテレビのインタビューに答えた、
次の言葉をひいている。2011年12月のものだ。

シリアは中東世界の活断層だ。中東は多様な民族、宗教、宗派でできている。その中でも、シリアでは特にその多様性がはなはだしい。シリアでは多様な要素がすべて隣り合わせに接している。地球に譬えれば、それは活断層だ。もしあなたがそれをもてあそぼうとすれば、地域全体を包み込む地震が起きるだろう。だから、私を倒そう、あるいは私を相手にしようとしても、それは私ではなくて、この地域の社会の組成そのものに手を突っ込むことになる。

この言葉は、『混迷するシリア』で青山氏も取り上げていたけれど、
あの本ではまだ、「活断層」の深刻さがうまく飲み込めなかった。
シリアは古代から文明の十字路とされる地域だけに、
相当複雑に入り組んだ歴史を持っている。
シリアに侵攻したのは、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、
モンゴルやイスラムという巨大帝国であった。
つまり、これら巨大帝国が絶えずしのぎを削り、
領土を奪い合い、版図を拡張したり縮小したりしてきたなかで、
常に中心的な要所であったのがシリアなのだ。

これはオスマン帝国崩壊後も変わらなかった。
今に至るシリア及び中東の混迷の元凶は、
20世紀初頭いくつかの大国が西から訪れ、
しかも一国が地域全体を包括的に占領するのではなく、
複数国によって分割(委任)統治したことにある。

第一次世界大戦後、英仏は、宗教も宗派も民族も、
そして強固なコミュティーを作っていた部族も無視して、
地図に定規を当てたような線を引き、土地を分けあった。
かくして国境が、ひとつのコミュニティーの中を通ることになった。

第二次世界大戦後、国境はそのままで中東は独立を迎える。
が、そこに、1948年、イスラエルの強引な入植建国という、
すぐに活火山化するマグマが埋め込まれる。

このような歴史経緯は、漠然とわかったつもりではいたけれど、
ただただ、教科書の歴史年表をぼんやり眺めているようなものにすぎなかった。
それがこの本では、シリアとその周辺国の関係と関係の変化を、
ひとつひとつの事例として解説してくれているので、
国と国の抱える問題としてだけでなく、
中東地域の抱える問題として複雑に絡まりあった様相を、
クリアに見ることができるのだ。

と言っても、見えるものが複雑でわかりにくいことに変わりはない。
また、クリアになるということは、
あるものが見えてきたのと同時に、見えないものの存在もまた、
はっきりと感じられるようになる、ということでもあるけれど。

さて、その複雑さの例を少しだけ見てみよう。
たとえばイスラエルとの関係で言えば、
シリアは他のアラブ諸国と共に4回の中東戦争を戦った。
ではアラブ諸国は皆シリアと良好な友好関係を持ち続けたかというと、
これがまったく違う。
何故なら政治体制や宗派が異なり、
国境に民族問題を抱えているそれぞれの国の思惑は、
自国の利益や時の国際政治の変遷とともに、絶え間なく変動しているからだ。

一度はシリアと政治連合まで組んだエジプトは、第四次中東戦争で、
北東と南からの二正面作戦をとり、共にイスラエルを奇襲した。
が、エジプトは早々と単独和平交渉に入る。
シナイ半島の返却のために、シリアを裏切り、利用したとも言える。

トルコはシリアと連携して、EUに似た経済連合を模索していた。
エルドアン首相とアサド大統領の関係は親密だったという。
が、エルドアンは、政治改革でムスリム同胞団の政治参加を認めるように、
という提言を拒否されると、アサド政権打倒の急先鋒に変貌する。
ムスリム同胞団はアサド政権下、徹底的に弾圧され、
海外を拠点にするしかないような状況であった。
トルコとシリアは国境にクルド問題も抱えている。

唯一安定した関係を保っているのはイランであるが、
このことはまた、他の国との関係を悪化させる原因でもある。
イスラエルとの敵対関係は継続し、ここに、
中東に覇権や利権を得たい欧米やロシアが絡む。

サウジアラビアはカタールやトルコと同様、
反政府側に戦闘員や武器、資金を援助している。
国内に少数のシーア派を抱えているスンニ派のサウジアラビアは、
シーア派のイランを脅威とするがゆえに、
親イランのアサド政権の崩壊、または弱体化を望んでいるからだ。
反政府側には厳格なイスラム主義者や原理的なムスリム同胞団がいる。<
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ところがサウジは、エジプトに対しては、
民主革命の波及を恐れるがゆえに、ムスリム同胞団ではなく、
世俗派と軍による「クーデター/革命」暫定政権に、莫大な援助を申し出ている。
このように、その国と他の国にどのような摩擦や問題があるのかによって、
政治的な行動が180度異なることもある。
一方シリアに対してサウジと同様反政府支持のカタールは、
エジプトに対しては袂を分かち、同胞団を支持していた。

このムスリム同胞団は、イスラム改革を目指す、国境を超えた組織である。
トルコ、パレスチナ、シリアだけを見ても、
これらの国の政治体制も政治状況も全く違う。
そこに、それぞれ異なった闘いを強いられている、
同じ理念を掲げる組織団体があるということ。
このように、国境をまたいで、あるいは国境を超えた飛び地に、
同じ民族や宗派が存在するのが中東なのだ。

国枝氏は、この間のイスラエルの動きが抑制的なことを指摘している。
ミサイルがレバノンに移されようとしている、と空爆したことはあったが、
確かに声高な発言はあまり聞こえてこない。
これは、イスラエルとアサド政権との対立は、
長い時間をかけてルーティーン化し、たがいに与しやすい、
読みやすい相手になっていたからだ、という。
たとえ小さな戦闘があっても、大勢に影響があるものではないと、
互いに冷静でいられる。
これが政権崩壊したらどうなるのか?
すぐに活火山化するイスラエルにとって、
隣の国が不安定になることは、大きなリスクであるに違いない。

このような入り組んだパワーバランスを見ると、
シリアが中東の「活断層」だという意味がじわーっとわかってくる。
この断層が動けば、確かに中東全体は大地震に見舞われるだろう。
これまで私は、アサド政権崩壊後は、イラクやアフガニスタンと同様、
泥沼の宗派対立的内戦が続くのだろうと思っていたのだが、
シリアの場合は、また違う意味を持つこともわかった。
争いは国内の宗派だけではなく、トルコのクルド民族独立闘争や、
ひいてはイスラエルとイランという二大国の対立激化や、
湾岸産油国の不安定化などに波及していくのだ。
液状化現象のように、中東全体の地盤がぐずぐずと緩んでしまうのだ。
地域の不安定化のリスクは、
エジプトの「クーデター/革命」よりはるかに大きい。

この国に、この地域に、「独裁制を倒せば自動的に民主体制が出現する」
などという、短絡的でおめでたい希望的観測があり得ないことは、
この点からも一層あきらかだろう。

***

国枝氏がこの本で訴えていることの一つに、メディアの問題がある。
反体制派=善、アサド政権=悪、というイメージは、
西側諸国の予断的な枠組みということもあるけれど、
このようなイメージの定着に、メディア操作が大きかった、というのだ。

アルジャジーラの偏向ぶりは最近指摘されるようになってきた。
が、ここに挙げられている例を見ると、
これはもう単なる偏向ではなく、完全なねつ造であり、
ジャーナリズムを逸脱しているとしか言いようがない。
例えば、デモなど起こっていないところで、
別の場所の映像を流しながら、デモがあったと報道する。
すると、そこでデモが起きる。報道はまるで、
ここでデモを行うから集結せよ、というメッセージのようにも思える。
他に、やらせや誤報の例もいくつかあげられている。

ネット上には今、様々な情報があふれている。
が、映像であっても、いや、映像だからこそ、
実に雄弁に、効果的に、誤った方向への操作が可能なのだ。
このことは反政府側だけでなく、政権側にも言えることだし、
私たちの身近でも起こり得ることだ。

ここで一つ、指摘しておきたいことがある。
反政府側に偏向した欧米の見方に対して、
確かにアサド側から見る視点というのも大切である。
この本には、二代にわたるアサド政権の政治も、丁寧に描かれている。
(日欧米)メディア報道では無視されてきた、現アサド大統領が、
前アサド大統領に比して開明的で、改革を推し進めようとしたことも、
しっかりと見るべきである。

だが、やはり知りたいのは、一般国民は何を感じ、
どう言っているのか、だ。
この本にはこの部分が欠けている。
前回読んだ『混迷するシリア』もそうだった。
研究者や(元)大使という立場では難しいことで、
任はジャーナリズムに求められるべきなのかもしれないけれど。

ということで、JBPressの記事を冒頭に並べて置いた。

軍事ジャーナリストである黒井氏の元妻は、シリア人女性。
ゆえに、親族その他、現地に知り合いが多く、
なかなか部外者には漏らされない意見を知る機会も、多いのだという。

(化学兵器破棄で)仮にここでアメリカが手を引けば、アサド政権は「何をやっても、結局はアメリカは手を出せない」と判断し、それこそ無制限に化学兵器を乱用し、無差別砲撃や空爆をさらに拡大するだろう。外国軍が軍事介入しないとなれば、さらなる大虐殺が行われることになるのだ。「アメリカが勝手に他国を攻撃していいの か?」という見方には、こうした現地事情への視点が欠けている。

このタイミングで化学兵器を使うことは考えにくいけれど、
アサド政権が反政府側を、
アルカイダなどのテロ組織を攻撃しているのだ、との弁明の上に、
以前にもまして攻撃しているのは確かのようだ。

黒井氏は、シリア国民は、アメリカでも誰でもいいから、
早くアサド政権を倒し、これ以上の戦闘を止めてくれ、
と思っている、という。

誰でもいいから一刻も早く戦闘を止めてくれ、
という悲痛な叫びは本音だろう。
だが、外国の軍事介入を、シリア国民は本気で望んでいるのだろうか。

これは反政府側に軸足を置いた、国枝氏とは反対の見方をするものだ。
もし『混迷するシリア』と『シリア』を読んでいなかったら、
私はすんなりとこの記事を信じたかもしれない。
だが今は、このように思っている人もいて、
このように見ることもできるのだろうと、言うことしかできない。

反政府側で戦う人やその周辺の人々にとっては、
アメリカ軍は確かに味方で、
自分たちを独裁から解き放ってくれる解放軍であるのだろう。
だが、この人々とはだれで、どれほどの人がこう言っているのか。

アルジャジーラの偏向とねつ造が犯した最大の罪は、
報道の信ぴょう性を著しく損なったために、
誰の言うことも信じられなくなってしまうという状態を、
作り出してしまったことなのかもしれない。

【参考】
シリア内戦――近隣諸国の事情 (MAP/CNN.co.jp)

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