東京都青少年健全育成条例の「改正」について

posted in: 雑感NOTE | 5 | 2010/4/17

某所にも書いたけれど、ここでも触れておこう。
こういうことはなるべくいろんな人が、いろんなところで、いろんな言葉で、
折に触れて言っておくほうがいいと思うので。

審議継続になった『東京都青少年健全育成条例の「改正」案』、
先日は朝日新聞に、竹宮恵子とアグネス・チャンによる反対・賛成の意見が載った。

新聞記事の要旨はこちら>>

「改正」案と、各党の反対・賛成意見の概要はこちら>>

この概要を読んで、一番共感を覚えたのは共産党のコメントの中の、
「漫画などの規制と青少年の健全な成長との関係が科学的根拠に基づいていない」
という指摘だった。

私の「モノ言い」にいつもがっつり反応してくれる親友のI氏に、この共感をぶつけてみた。
曰く、「だいたいあの手の規制を言い出すやつらには、
いつだって科学的根拠なんて関係ないんだよ。
ただ自分の、イヤだなぁ、という感情だけで十分なのさ」とのこと。
なるほど、単純明快なご意見である。

竹宮恵子とアグネス・チャンの言い分を比較するまでもなく、
私としても「改正」に反対である。
理由は以下の通り。

  1. もちろん第一には表現の自由が規制されるからである。
    これにより、日本が世界に誇るマンガ・アニメ文化は、萎縮→衰退の危機に陥る可能性がある。しかも、現時点ではマンガの登場人物を指している「非実在青少年」という言葉はあいまいで、拡大解釈されれば、全ての創作物が規制の対象になりかねない。
     
  2. また、規制によって、性に関する良いものも抹殺されてしまう。
    その結果、質の悪い非合法なものばかりがはびこるであろう。
    規制は逆に、若者の「健全な」性的自己形成にマイナスの影響があると思われる。
    表現の良し悪しは、その表現を受け取る側が判断するべきで、
    それをを都やどこかの機関などに委ねたくはない。
    むしろ、判断できる価値基準を受け手のなかに育てることに力を注ぐべきだ。
     
  3. 既存の法律(『児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律』)で対応が可能ではないのか。
    敢えて新たに条例を「改正」する理由がよくわからない。
     
  4. アグネスは、『アメリカやカナダには、コミックなどに関して性と暴力の描写を禁止する規制があり、子供たちは「有害」なものから守られている。日本の児童ポルノ垂れ流しは国外からも非難を浴びている』(大意。上記要約サイトでは削られている)と紙面で述べているが、当のアメリカやカナダは、果たして子供が性暴力から厚く守られている国なのか、という疑念。

1~3までは竹宮恵子の言い分にも含まれているし、あちこちで目に付く意見だが、
4についてはあまり触れられていないようなので(私が読んだ限りでは)、ちょっと補足しておこう。

この「改正」の話を聞いたとき、最初に思ったのは、
アメリカからの圧力でもあったのか、ということだった。
そもそも、既存の児童ポルノを規制する法律も、
アメリカを初めとする海外からの圧力があって出来たいきさつがある。
またか? と思ったのだ。
そう思ったのと同時に、以前は疑問にも思わなかったアメリカ(欧米)の児童ポルノに対する厳しい姿勢に、今回は少し違和感を覚えた。
しばらく前に、マイケル・ジャクソンにかぶせられた、
性的児童虐待の冤罪事件をどっぷり考えたあとだからだろう。

マイケルが子供と同じ寝室で寝た、などということは、
私たちの感覚や習慣から言ったら、それほど異常なことではない。
少年の親の詐欺行為と、スーパースターの凋落を喜ぶ大衆心理や、差別感情はまだ理解できる。
けれども、性的虐待に対するあれほど過剰な反応は、
正直に言って私たち日本人の理解を超えている。
アメリカでは、それほどに性的児童虐待が多いのだろうが、そのことが、実感としてよく解らない。
私たちはまずこの点を、もう少しじっくり考えてみるべきではないだろうか。

今回、自分なりに少し調べてみたら、
コミックス・コードで性と暴力の描写を規制しているアメリカやカナダの方が、
人数あたりの強姦犯罪件数は日本よりもかなり多かった。

http://www.nationmaster.com/graph/cri_rap_percap-crime-rapes-per-capita
(人口1000人当たりのレイプ数、アメリカは日本の約17倍、カナダは41倍)
(調査年は少し古いけれど、国同士の比較の参考にはなる)

これは幼児に対する数ではないし、単純な比較は出来ない。
日本と欧米では、メンタリティーや性的自己形成の仕方、
社会的なストレスと人間の関係性に横たわる問題、宗教的な規範など、
多くの相違点がある。

だが、本当に性的・暴力的な描写は、実際の性的暴力と連動しているのか、という疑問を、
私たちは口にしてもいいのである。
なぜなら、少なくとも日本では、犯罪白書を見る限り、この50年間で、
強姦などの凶悪な性犯罪は減少しているのだから。

このことから、私はさらにもう一つ、別のことを考えた。
アグネスは、子供を性的な暴力から守る、子供の人権を守る、ということを力説しているが、
「改正」案を読む限り、その点はあまり強調されていない。
強調されて感じるのは、「青少年の健全な育成を図るため」という部分である。

この、「健全」とはどういうことだろうか?
暴力的で逸脱した性的嗜壁などではない、
融和的なセクシュアリティーを身につける、というようなことだろうか?
だが、強姦犯に未成年者が占める割合は、50年前は三分の二だったのが、
最近は10分の1以下という、驚くほど少ない数字を示している。
具体的な数字を挙げてみよう。
1960年には総数約6000人に対して未成年約4400人、
2006年には総数約1500人に対して未成年約110人
(いずれも検挙数換算。警察庁「犯罪統計書」による)。
日本の若者は、間違いなく性においてもより平和的になっている、と言えそうである。

さて、こうして見てくると、「改正」案に込められた二つの論点は、
マンガ・アニメなどの性・暴力描写をめぐって奇妙に拮抗し、しかもずれていることに気付く。

まず、アグネスの言う子供の人権を守る、ということについては、
規制すべきは、子供よりむしろ大人に対してであるべきだ。
子供に売らない、ではなくて、大人にこそ売らない、でなければならない。
でなければ、子供は性的暴力的な描写からは守られるが、
実際の性的暴力からは守られない(もし両者に比例的な関連性があるとするなら)。

次に、バーチャルな性・暴力的な表現と現実の暴力性が、
実際には正比例でなくむしろ反比例していることを考え合わせると、
「改正」による「健全な育成」が目指すところは、
日本の若者がより暴力的な性的ポテンシャルを持つようになることだ、と取れる。

(ただし、この反比例を描く関連性についても、断定的なことは言えない。
本当はたいした影響などなくて、マンガの性・暴力描写があってもなくても、
若者のセクシュアリティーや性犯罪数は変らないかもしれない。

私は某所では、バーチャルによって鎮められる衝動があるのではないか、と書いた。
表現と性犯罪数の反比例を、それだと説明できるからだ。
だが、そこに明確な関連性などないということもあり得る。
その場合、表現と実際の性犯罪数は、ひとつの社会のありようから導き出された、
一枚のコインの裏と表となる。
つまり、私たちが置かれた現実世界が、あのような表現と、このような若者たちを生んだ、
ということである)

いずれにしろ、この「改正」案では、「非実在青少年」と「健全育成」という言葉の意味と定義を、
もっと厳密に、明確にするよう求めるべきだろう。
また、若者のセクシュアリティーや性的な関係の作り方に問題があると言うのなら、
それは社会で全方位的に考えなければいけないことである。
そしてそのような問題は、文学やマンガの世界でこそ追求される大きなテーマなのだ。
そのためにも、表現に足かせを嵌めるようなことをしてはいけないと思う。

最後にもうひとつ、アメリカや欧米のリクツや分析や政策が、
そのまま日本にあてはまると考える危険性も、ここで指摘しておきたい。
それぞれが抱える問題があり、それは、それぞれが考えて、
解決の道をさぐって行くべきことであろう。
世界はつながっているけれど、同じやり方が、いつでも、どこでも、最善の方法とは限らない。

私たち日本人が、アメリカにとって「優等生」でありたいと、
意識的無意識的に行動してきたことの弊害というのも、あるのではないか。
海のマグロもWeb上のアニメも、国内だけの問題ではないが、
アメリカ(や欧米)の価値観だけで語られることも違うだろう。

私たちはまず、日本の問題に日本固有の原因を探るべきだし、
その固有性については、何のてらいも卑下もなく、理解を求めて粘り強く、語り続けるべきだ。
そもそも日本のマンガ・アニメが世界から支持を得ているのは、
普遍に訴える力を持った固有性が、そこにあるからではないのか。

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