色・褪せない ② 1931年、パリ…

posted in: 色・褪せない | 0 | 2010/10/20
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私家版私の好きな女たち/アナイス・ニン(1)

『ヘンリー&ジューン』 アナイス・ニン 杉崎和子/訳 角川書店 1990年
『インセスト』 アナイス・ニン 杉崎 和子/訳 彩流社 2008年

 

女性の性愛を他に先駆けて表現した作家として、
アナイス・ニン(1903-1977)を忘れるわけにはいかない。
だが今回紹介するのは、小説ではない。日記である。

まぎわらしいが、上記二冊とは別に、
1966年にアメリカで出版された『アナイス・ニンの日記』があり、
10数カ国で翻訳され(邦訳は1980年)、ベストセラーになった。
この『日記』は、書かれた当時のままではなく、
作家自らによって大幅に削除・編集が行われており、
日記を元に再構成された文学作品とも言える。

その『アナイス・ニンの日記』に対して、
彼女の希望により死後出版された日記があり、
年代的に重複するここちらのほうは、『無削除版』と呼ばれている。
ここでとりあげる二冊は、その中から日本で現時点で訳出されている、
1931年から34年までのものだ。

アナイスは早くから、日記を出版する道をさぐっていた。
それが60歳を過ぎるまでかなわなかったのは、
彼女の日記のハイライトを彩る男たちとの性愛を、
そのままの形で世に出すことが出来なかったからだ。

『アナイス・ニンの日記』でぼかされ、削られているのはそこだ。
そして、『無削除版』でスポットライトを浴びているのも、まさにそこである。

日記を書くことがアナイスにとってどのような意味があったのか、
彼女の日記がどのように特異なものであるのか、
そのあたりはまたあとで触れることにして、
まずはアナイスに会いにいこう。

◆前夜

アナイスは、銀行家である夫ヒュー・ガイラー(ヒューゴー)と共に、
11歳まで暮らしたパリに戻ってきていた。
この頃は、パリ郊外のルヴシェンヌに居を移してはいたが、
パリが、アメリカでピューリタン的な道徳律の下に少女時代を過ごしたアナイスの、
眠っていた官能を目覚めさせた、と言うことはできるかもしれない。

また30年代のパリには、 既成の秩序や常識を否定した、
新しい芸術活動「シュールリアリズム」の躍動があり、
世界中から多くの芸術家が集まっていた。
そんなパリの空気を胸いっぱい吸い込んだアナイスは、
すでに一人の先駆的な作家として、処女作『私のD・H・ロレンス論』を完成させてもいた。
『ヘンリー&ジューン』を開く前に、こちらも少しだけ覗いてみよう。

ロレンスの集大成と言われる『チャタレイ婦人の恋人』(1928年刊)は、
日本だけでなく、本国イギリスでも、「わいせつ」性で裁判沙汰になっている。
現代の私たちには、性描写に限っては、
何故それほど問題なのかわからない、という小説だけれど。

これはポルノグラフィでないことはむろん、よく言われるような「性の文学」でもなく、
むしろ「甚愛文学」であり、「自由の文学」で、
もっとはっきりいえば「反ピューリタニズムの文学」なのである。
(松岡正剛の千夜千冊)

アナイスによると、ロレンスが描く性愛は、人間を縛る硬直した社会規範や、
抑圧的なイデオロギーに抗して、 自立的な生を回復する手だてであるだけではない。

彼の戦いは、自分の意見を言わない生き方と思考法を助長する、
まやかしの抑圧された言語に対する戦いであった。

ロレンス自身が次のように言う。
「これがこの本の大切なところだ。私は人々がセックスについて、
充分に、完全に、誠実に、清潔に、考えることができればよいと思う。」
もし私たちが言葉を恐れれば、これはできなくなってしまう。
( 『私のD・H・ロレンス論』)

性愛を混じりけなく描写することは、また、
文学の可能性と言葉に対する信頼、 人間の生を探求するための戦いなのだ。
けれどもそれらは、発表当時、そう簡単に受け入れられるものではなかった。

肉体と精神の底流についてのロレンスの記述は、
私たちが実際には認めていない、 自分の中の多くの感情を、
表面に浮かび上がらせるための手段だった。

しかも、私たちの感情は、気づかぬうちに見分けられて、
彼ら(登場人物)の感情に組み込まれてしまう。
人によっては、そのようなことに気づいて、不愉快を感じ、反発を覚える。
多くの者は、彼らの肉体的な感覚のもつ力を知って恐れる。
また平明な言葉のなかに、この奔放な空想の本当の意味を見つけることを恐れる。
ロレンスはそこまで行ったことで、非難された。(『私のD・H・ロレンス論』)

発禁処分となるような作品を書く作家を取り上げる、
崇高とも言える勇気と明晰さ。 アナイス・ニンもまた、
不可分の肉体と精神の底に流れているものを見つけるために、
見つけたものを言葉として「浮かび上がらせるため」に、
「そこまで行くこと」を目指した作家だった。

 

◆扉を開く鍵

1931年12月。

車から降りて、私が立っている玄関のドアに向かって歩いてくるヘンリーを見て、
いいな、と私は思った。
彼の書くものは華麗で迫力に満ち、動物的で、しかも壮大。
人生に酔う男。私と同じ種類の人間だ。(『ヘンリー&ジューン』 以下同)

ヘンリー・ミラー、40歳。
ニューヨークを離れ、極貧のパリで、実質的なデビュー作となる作品にとりかかっていた。

アナイスがその革新的な文学性を見抜いた『北回帰線』が、
彼女の序文と共に世に出るのは、1934年のことである。
だがこの時、 彼女は男としてのヘンリーと、
作家としてのヘンリーの両方の魅力を、 早くも捉えていた。

そして、ロレンス論を書き上げたばかりのアナイスには、「同じ種類の人間」と共に、
「肉体と精神の底流」に降りていく準備が、すでに出来ていた。

一方、夫はというと、
「私たちの価値観は同じではない」となる。

若くして結婚した二人には、少年と少女のままのようなところがあった。
だが、女として、作家として、成長していきたいと強く望んでいるアナイスにとっては、
夫の、銀行の匂いを家庭に持ち帰る実直さや、純朴で誠実な愛情だけでは物足りない。

だが、それを自分に認めることはできても、夫との関係で明かしていく勇気を、
アナイスは持てない。
これはずっと彼女が持つことのできない勇気であった。
『情事』のヨーコのように、彼女は夫から離れようとしない。
異なるのは、ヨーコが夫に捨てきれなかった性愛の幻想と、
それを現実に与えられない恨みを、 アナイスはヒューゴーに持ってはいないことだ。

そして、ジューンが登場する。

息を呑むほどの白い顔、燃える瞳、ジューン・マンスフィールド、ヘンリーの妻。

彼女の美しさに、私は圧倒されていた。
向き合って坐ったとき、この女(ひと)のためなら、どんなことでもする、
何を頼まれても、いやとは言えないと思った。
ヘンリーの存在はかすんでしまう。
彼女は色彩そのものだった。煌々する、不思議なもの。

その晩のうちに、私は、男みたいに、彼女の顔にも躰にも、恋をしていた。

「ヘンリーには魅かれている、でも、彼の躰には感じるものがない」
などと記しているのとは大違いの、手放しの賛美。

ヘンリー・ミラーの二番目の妻ジューンは、彼の創作に大きなインスピレーションを与え、
作品のモデルにもなっている。
不思議な魅力と才能、エネルギーを秘めた女性だった。
『北回帰線』の訳者、大久保康雄氏による解説には、
「当時タクシー・ガールとよばれた職業ダンサー」で、
「かなり頭がよく、美貌でもあるが、たいへんなウソつきで、浪費家で、
エクセントリックで、性的にだらしない」「妖婦型の女」とある。

だが、彼女はその魅力で「カモ」から巻き上げたり、時には「物乞いまでして集めた」金で、
作家として芽の出ない時期のヘンリーを支え続けた。
二人の結婚生活が、錯綜した愛憎と、激しい葛藤の日々であっただろうことは想像がつく。
だが、ヘンリー自らが、
「もしジューンとのあいだに起こった悲劇を経験しなかったら、
自分ははたして作家になれたかどうか疑わしい」
(ロレンス・ダレルへの手紙 『北回帰線』解説より)
と書くように、ジューンは、作家に大きなものを与えた女性ではあった。

アナイスの日記には、ジューンを夢にみたこと、一緒に劇場に出かけたこと、
ジューンからジーンという女友達のことを聞かされて、嫉妬を覚えたこと、等々、
奔流のようにジューンの記述が続く。

私が思い浮かべているのは、彼女と握り合った手の感触だった。
男が触れる性の芯には、彼女は届かない。
それなら、私のどこに触れるのか?
男と同じように、私は彼女を欲しがっている。
だが、それだけではない。
彼女の目で、手で、女だけが持つ感覚で、愛して欲しいのだ。
柔らかで、微妙な貫通。

ジューンがあえて創り出そうとしている自画像、
その冷酷さを、残酷さを、エゴイズムを、倒錯の性を、
悪魔的な破壊性を、私は愛する。
一瞬のうちに、私を灰に砕くことも、ちゅうちょしないだろうジューン。
究極の人格。他人を傷つける勇気を持つ女。
その勇気を私は、礼拝する。
そして、わが身を犠牲とし捧げても悔いないと思う。
彼女は、そうやって、私をとりこみ、私のすべてを、その人格につけ加えていく。

熱にうかされたような世界をアナイスに垣間見せて(夢想させて)、
翌年1月、ジューンはニューヨークへ帰っていった。

彼(ヘンリー)は、ジューンにとっては、善の象徴だと言う。
……ただ、ただ人間的なのだ。ジューンはその反対、非人間的な存在。
が、その彼女にも、たった一つ、人間的な強い感情がある。
ヘンリーへの愛と、無私の寛大さ。
それを除けば、彼女は奇抜で、意地悪で、呵責がない。
なんと恐るべき物語を、彼女は身にまとっていることだろう。
ヘンリーも私も、畏怖の念に打たれる。
ジューンの、その恐ろしさが、しかし私たちを豊穣にする。
ほかの人々がくれる同情や無私の情、計算された愛など、及びもつかぬほどに。
ヘンリーのように、だが、私のペンは、ジューンをずたずたに引き裂きはしない。
むしろ彼女を愛し、彼女を高め、彼女を不滅にするだろう。

ジューンは、アナイスの小説のヒロインとなっただけでなく、
アナイスのその後の生き方にも、大きな影響を与えた。
己を貫いて生きるジューンが、アナイスにとって、
新たな世界への扉を開く鍵となったようにも思える。
ジューンもまた、アナイスと「同じ種類の人間」であった。


◆揺れ

2月。 ヘンリーからは一日おきに手紙が届くようになる。

返事を書き終わるか終わらないうちに、もう次が来る。

返信に、アナイスはこんなことを書いている。

昨夕、あなたの小説を読みました。
目眩がするような強烈に美しい箇所があります。
……他には、平凡で命が感じられなくって、露骨にリアリスティックで、
写真でもつきつけられた気がするところもあるけれど。
……書きなぐってるみたいな、いい加減のところもある。

どの部分を削ればいいのか、私には不思議にはっきり分かる気がします。
ちょうどあなたが私の本の、どこを削ればいいかご存知のように。
これは整理してみる価値のある小説だと思います。
私にやらせてくださる?

そしてそのすこしあと、日記にはこんな記述が現れる。

昼も夜も彼のことばかり考えている。いつか、私は結婚生活とは別の、
尋常ではないひとつの生を生きることになるかもしれない、と考えたりする。
そのために、秘密の日記帳が必要になるかもしれない。

アナイスに覚悟ともとれる予感を与えたのは、ヘンリーから届けられた、
嵐の雨滴のように降り注ぐ、熱い言葉だけではなかったはずだ。
ヘンリーの想いに正面から応えていく一人の女が、 すでに、
くっきりとかたち創られていることを、アナイスは自覚していたに違いない。
けれども……、

美しいジューンと天才ヘンリーの間で私は身動きができない。
両方に魅かれている。
ヘンリーからは生命を、ジューンからは死を貰う。

ジューンの愛が欲しかった。
そのために自分の中の男性が、はっきり見えたことを、私は喜んでいる。

ジューンはもうパリにはいないのに、
彼女によって目覚めさせられた新たな性愛と、
ヘンリーへの感情に、アナイスは揺れていた。

3月。 ヘンリーからの手紙を、アナイスは「ラブレター」と記すようになる。
ある日、カフェでヘンリーに会う。

長い接吻。ああ、このキスが終わらないでくれればいいのに。
「僕の部屋に行こう」 ヘンリーが言った。

彼の腕の中で、私の躰が溶ける。
優しい彼の手、静かに、不意に私の芯に滑りこんできたもの。
何て不思議な、何て優しい力なんだろう。

マントルピースの上のジューンの写真を、とても私は、まともに見られない。
ただの写真だというのに、そのジューンは私たち二人を支配している。

私が嫉妬している相手はジューンなのか、それともヘンリーなのか。

アナイスの中の「男性」は、現実の男に席をゆずった。
だが、幻想の性、夢の性も、「肉体と精神の底」に流れ続け、
彼女の中から消えてしまうわけではなかった。

【参考】

『私のD.H.ロレンス論』 アナイス・ニン 木村 淳子/訳 鳥影社 アナイス・ニンコレクション I (1997.7)
『北回帰線』 ヘンリー・ミラー 大久保康雄/訳 新潮文庫 (1969.1)

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