ダンシング・イン・ザ・クローゼット<4>


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この物語は、マイケル・ジャクソンの「リベリアン・ガール」と「イン・ザ・クローゼット」に触発されて出来たものです。ノン・フィクションの部分も取り入れていますが、あくまでフィクションです。


 
 

   <4>

 

「あのインタビュー、もう記事になってるわよ」
オフィスのドアをあけるなり、挨拶の言葉もなく、ケイトが言った。
机の上に置かれた雑誌の表紙には、
ナオミ・キャメロンとマイクルという文字が躍っている。
「あのブタ野郎! 事前に原稿をチェックさせてくれるって約束だったのに……」
「ちょっとナオミ、殴りに行ったりしないでよ。
なんだったら正式に抗議でも告訴でもするからさ」
ケイトは、まず読んで見ろと、雑誌を放り投げてきた。

—インサイド・ストーリー・オブ・ザ・ソング—  vol.09
“ナオミ・キャメロンとマイクル『In the Closet』”
 
『In the Closet』 は、マイクルの作品の中で、風変わりな、奇妙な位置に置かれる曲だ。MVで相手役を演じたナオミ・キャメロンも、そのことが気になっていたと言う。
 
マイクルは子供っぽい憧れからか、それとも話題性を考えてのことか、往年のスターや有名人と競演することが好きだった。中には相手に断られて実現しないプ ランもあったが、何作かは陽の目を見た。シングルカットされ、そこそこ売れ行きを伸ばしたこの曲でも、当初ミステリーガールとクレジットに記された掛け合 いの声は、モナコの王女であることが後に明かされた(MVではナオミの声に差し替えられた)。彼が人々の関心を惹く様々な手管を使ってこの曲で伝えたいことは、果たして何だったのだろう。
 
驚いたことに、今まで誰も知らなかったエピソードが、ナオミの口から語られた。彼女がマイクルに会ったのは、『In the Closet』 が撮影される随分前、偶然、アルバム『BAD』の中のある曲の、MVのオーディションを受けるチャンスに、めぐり合ったのだと言う。彼女はオーディションを望んだが、本業を優先するマネージャーの反対にあって叶わなかった。ナオミの彼に対するファーストインプレッションは、「明るい色の、きれいにメークし た肌の、眼の力の強い女性」というものだった。
 
以来マイクルのファンになったナオミは、アルバムを買い、コンサートにも足を運ぶ。彼に対する興味は深まり、舞台の上の彼の印象と、最初に出会った”彼女”の印象の、いったいどちらが本物なのかを確かめるのが夢になったという。その夢は、5年後に叶うことになった。
 
この曲でマイクルが何を訴えたかったのか、ナオミの意見を聞いてみよう。
記者:  マイクルにしてはセクシュアルな内容の曲だが、
          事前にどんな印象を持っていたのかな。
ナオミ:まず、同性愛を秘密にするというタイトルが、
          当事のゴシップに対する、彼らしい、
          とても挑戦的なものだと感じたわ。
          結局答えはあいまいにぼかされて、自分はヘテロだと宣言したあと、
          でもそんなことどうでもいいだろうと、はぐらかしてもいる。
記者:  結局彼は秘密主義者で、
          自分の sexual orientation(性志向) は少しも明らかにしていない、
          ということだね。
 
『In the Closet』を聴くものは、この曲が出たあとの93年と、その10年後に、マイクルが少年に対する「性的虐待」で告訴されたことを思い浮かべるだろう。 そしてこう感じるかもしれない。彼にはクローゼットに隠しておかなくてはならない秘密が、やはりあったのかと。

この点についてナオミは、マイクルはプライバシーに踏み込みすぎるマスコミを、この曲のなかで婉曲に非難している、そしてその非難は、93 年の告訴報道の後には、より露骨に敵対的に表現されるようになったと指摘した。マイクルにも引けをとらないほどマスコミ嫌いであるナオミは、彼の 『Black or White』のMVの、怒りに満ちたシーンを熱を込めて語り、『Tabroid Junkie』を口ずさみさえした。だが、いつでもナオミにとっては「告訴」に関する話題はタブーだ。たとえそれが他人の、過去のものであっても。

あるいは彼女は、マイクルにつきまとう「疑惑」について、マスコミに語りたくない何かを知っているのか……。それらに対する質問は、ナオミによって拒否され、代わりに彼女が答えたのは、MV撮影時のマイクルとのからみの楽しさだった。
 
記者:  メイキングを見ると、 かなりきわどいシーンも撮ったみたいだけど、
          そういうダンスや演技にとまどいはなかった?
ナオミ:撮影の前は不安もあったけど、
          彼と話してからは気楽に、集中してできたわ。
          プロ集団の中では、恥ずかしがったりすることのほうが、
          よっぽど恥ずかしいことよ。
          いずれにしろ、彼と踊るのはとても気持ちのいいことだった。
          カメラやスタッフの視線も忘れてしまうほど。
          たぶん私はマイクルの魔法にかかってしまったんだと思う。
 
取材の前、あらためてこの曲を聴いてみて気付いたことは、マイクルのあえぎ声の、まるで”女性”と思うばかりのなまめかしさだ(MVではなくシングルカットされたディスクで、それは一層顕著である)。
マイクルはこの曲で、自分はヘテロセクシュアルであると訴え、映像では男性的な姿を表現しようとしているが、ナオミが最初に惹かれた”女性”性を、完全に消し去ることは出来なかった。

マイクルのことを語るナオミの瞳は、うっとりと潤んでいた。記者の心に生じた疑問は、ではナオミのsexual orientation はどうなのか、ということだったが、ロシアの富豪との結婚話も出ている彼女の幸せを願い、これ以上の質問は差し控えた。
たとえナオミが”女性”に惹かれる女性であっても、”女性”に惹かれる”男性”であっても、結局全てはIn the Closet 秘密なことではある。
(続きは次号、「ナオミ、マイクルの変身願望を語る」にて)

 
「どうする?」 読み終えた私に、ケイトが訊いた。
「とりあえず、こいつに電話して」
予想通り、記者は捕まらなかった。留守番電話にケイトが告げる。
 
「こちらはナオミ・キャメロンオフィスです。
当方の許可なく掲載された記事に関し、取材時に交わした契約の不履行と、
記事内容の一部がナオミ・キャメロンに対する名誉毀損に当たる二点において、
貴誌及び取材記者を被告に、告訴を検討しています。
ただちにコールバックしてください」
 
「くそったれのインポやろう!」 ケイトの声にかぶるように、受話器に向かって叫ぶ。
マイクルは、汚い言葉遣いをするなと諭してくれたけれど、
言うべきことは言わなくちゃならない。
 
「ところで、どこまでやるつもり?」
長くマネージャーをやってくれてるケイトは、
私が本当には怒っていないことに気付いてた。
確かに、雑誌はゴミ箱にたたきつけられもせず、ずたずたに引き裂かれてもいない。
「まず記者会見、もちろん告訴はする。どうせ向こうに勝ち目はないんだから」
 
ケイトが引き出しから一枚の書面を取り出した。記者との間に交わされた契約書だ。
正確に言うと、それは書面などという立派なものじゃなくて、
よくあるカフェの紙ナプキンで、おまけにしわくちゃだった。
取材時、私はナプキンにサインしてくれと記者に頼んだ。
あとでちゃんとした契約書を作ればいい、でもどういう文面にするか知りたいんだと言って。
記者は少しためらったが、結局一行、
ナオミ・キャメロンオフィスは掲載前に原稿をチェックする権利を持つ、と書き、サインした。
 
私は話しに夢中になり、記憶をたどり、
ナプキンはそのすきに記者によってまるめられ、
ウェイトレスがカップと一緒にそれを片付けた。
でも彼は知らなかった。インタビューが終わり、
レストルームに行くからと店に残った私に、
ウェートレスが丸めたナプキンを返してくれたことを。
そこは私の行きつけのカフェで、ウェートレスとは顔なじみだったってことを。
 
ケイトが”契約書”をファックスの原稿台に載せた。
 
10分もしないうちに、V誌の編集長から電話があったが、
今度はこちらが無視する番だ。
留守番電話に録音が残った。
 
「送られらた契約書は正式なものではないし、
そもそも記者が勝手に書いたなぐりがきを契約書とは言わない。
それに、この急な掲載は予定していた記事原稿が間に合わなくなったため、
下書きであがっていたこの原稿を、急遽代替記事として差し替えたものだ。
きっと記者は私のチェックを経たものを、そちらに送るつもりだったに違いない。
また名誉毀損にあたるような表現は一切ないと認識している。
至急コールバックをお願いする」
 
ケイトは受話器をとり、編集長ではなく弁護士に電話をした。
それから、記者会見の手はずを整えた。
 
翌日の記者会見で慎重に語られた事の顛末は、
翌々日の新聞やテレビニュースを賑わせた。
『ナオミ・キャメロン、今度は原告となる』 というようなタイトルが多くて笑ったけど、
内容は概ね好意的だった。
私がD紙の記事に対するプライバシー侵害裁判で、勝訴していることも大きいだろう。
中でもマスコミの倫理や報道のあり方なんかに関して、
内部批判の記事が出たばかりのH紙は、淡々と事実をつづり、
結果的に一番シンパシー溢れるものになっていた。

 
◆ナオミ・キャメロン、今度は原告席に—
パパラッチ強打事件で告訴されているナオミ・キャメロンが、別の裁判所では原告側に座ることになりそうだ。以前D誌に対して勝訴を勝ち取っている彼女は、マスコミの横暴と強欲に対しては徹底的に闘うつもりだと述べた。
記者会見でのコメントでは、
「V誌の取材に関する契約不履行と名誉毀損により、ひどく傷ついている。
婚約者も(彼は寛大な人だし、偏見も持ち合わせていない。
またマスコミが書くことに、多くの場合一片の真実もないことをよく知っているから、
今回のことは自分たちの現在にも未来にもなんの影響を及ぼさないだろうが)、
ひどい侮辱であると嘆いている。
マスコミの行き過ぎた取材と、
あらかじめ決められたストーリーで話を引き出そうとする手法、
及び語られた事実を歪曲する手口名誉は、すみやかに回復されなければならない」 と主張した。
なお、会見後ナオミ側が録音したテープも流されたが、問題とされる記事の内容と突き合わせた結果、ニュアンスの故意な修正は確かに行われており、肝心の部分がカットされ、ささいなことが誇張されている。記事は取材内容を意図的に歪めているという主張に、多くの者は異論を覚えないだろう。報道の公正さを問う問題提起として、今回のナオミの告訴は重く受け止める必要がある。

だが、一番の収穫はS紙の記事だった。

◆果たしてナオミは尊厳と名誉を回復できるか?—
引退が噂されるナオミ・キャメロンは、華やかなモデル人生の最後を、不名誉なパパラッチ暴力事件の被告ではなく、マスコミの悪と果敢に戦うヒロイン、即ち原告として終えることに決めたようだ。
 
V誌の記者はマイクルに関するコメントを求め、彼とMVで競演したナオミに取材を申し入れた。『In the Closet』を選択した意図は誰の目にも明白である。すなわちマイクルのセクシュアリティに関する、なんらかの興味深いコメントを、ナオミから引き出すことだ。この曲は、ファンにはセクシーマイクルの歌とあえぎ声とダンスの映像を与え、一方ゴシップ好きな大衆とマスコミには、挑戦と嘲笑を与えた。鼻先でドアを閉じられたマスコミが、執念深く追い回すだろうことを、彼が知らないはずはなかっただろうに。

契約不履行とナオミに対する名誉毀損は、記者会見だけからは明確な確証は得られないと感じた。実際の取材内容を要約したり、わかりやすく整理するのは記者の役目だからだ。彼女のセクシュアリティに関しては、露骨な表現は用いられておらず、それどころか、マイクルのセクシュアリティに関しても控えめな示唆にとどまっている(その意味でこの記事は、当初の取材意図を十全に展開した記事になっていないのではないかという感想は、ここでは軽く触れるだけにしておく)。
 
だが、中途半端な内容ではあっても、約束と信頼を裏切られたとナオミが感じたことは確かなようだ。 さらに、この記事をめぐって、思いだされることがある。即ち、マイクルが信頼して受けた取材が、ひどく彼の名誉を傷つける内容に編成され、その後のゴシップと裁判への巨大なうねりを誘導した、例のテレビ番組である。

彼女が回復したがっている傷つけられた尊厳と名誉とは、
はたして誰のものなのか?

 

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