100年尾を引く争い 見えない解決への道

posted in: Around the 中東、A piece of 中東 | 0 | 2014/8/30

日本人が拘束され、アメリカ人ジャーナリストが斬首処刑されたことで、
いっそう「イスラム国(IS)」が注目されている。
24日のBS朝日「いま世界は」の特集で、
シリアとイラクをまたいだIS建国宣言の遠因として、
サイクス・ピコ協定(第一次世界大戦時の英米露による中東分断統治密約)
が解説されていた。
ISの主張は、100年前のこの不当な国境線を廃し、
分断されていた地域をカリフ制によって統一国家とすることである。
一国内の内戦をすでに超えているISの動きの背景について、
マスコミがお茶の間に伝えるのを初めて見たように思う。

ここで多くの人は、では彼らの統一理念となるカリフ制とは何だろう、
という疑問を抱くはずだ。
が、番組ではこの点については一切語られなかった。

カリフ制を説くにはイスラム法についても触れなければならず、そう簡単ではない。そこまでマスコミに求めるのは無理だという意見もあろうけれど、イスラムに対しては、そもそもそういうアプローチが存在しないのではないか。

日本(だけではないだろう)のマスコミに、9.11以降、アルカイダやタリバンの名は数多く登ったけれど、単にイスラム過激派、イスラムテロ組織、またはイスラム原理主義組織等の呼称が併せられるのみで、その主張や行動指針にかかるイスラムについて、噛み砕いた解説を見たことはなかったように思う。

かくして日本人は欧米視点フィルター越しの彼らの成した行為を知るだけで、その行為がどのようなイデオロギーや思考の果てに成されたのかに思い至ることが(自らをふりかえっても)出来ないできた。

これは意図的にイスラムを排しているというよりも、行為の背景や歴史経緯のようなものを説いたあとは(今回のサイクス・ピコ協定のように)、全ての行為は民主主義の法制度や人権・人道イデオロギーの枠組みの中で語ることが不文律となっているからだ。また、イスラムはキリスト教や仏教と同じ単なる宗教としてしか認識されておらず、政治イデオロギーや法制度として認められていない(生活規範としては多少認知されている)、ということもある。

ISの行為の漏れ出てくる断片は、私たちの理解の枠組みを大きく外れている。外れているものについてはとりあえず思考を棚上げするか、あるいは枠にあてはまらないので全否定する、という対応がある。でも、こんなことをしていていいのだろうか、というのが、最近の私の率直な思いである(日本でハラール認証ビジネスなる動きが出てきている点からも)。

かつて世界が西と東に別れて争っていたころ、私たちは西側にいても、東側のイデオロギーを(もう少しは)知っていた。オルタナティブな政治社会イデオロギーとしての一般的な評価すらあった。共感するにしろ反対するにしろ、自分なりの評価を下せる程度の知識を持っていたように思う。であればせめてイスラムに対しても、西欧民主主義とは異なる価値観で生きている人々がいて、その価値観の下に共同体を成し、西欧型の国民国家に今大きな疑問符を突きつけているのだ、という認識ぐらいは持つべきではないのか。

異なる価値観として認めて初めて、そう昔のことではない歴史体験のなかに、異なる価値観による社会や国家の在り方を力ずくで変えさせることは出来なかったケースを、思い出すことが出来る。だが、ベトナムの帰結として明らかであるこの教訓は、アフガニスタンでも、イラクでも顧みられることはなかった。

今また、シリアとイラクにまたがって国家たろうとする動きに対し、周辺国や欧米の、それぞれの利害や思惑によっての軍事介入が予想されるようになってきた。すでに様々な形で地域的に介入していたのが、今や対ISということで共闘し、公に戦端を開きかねないような状況である。
アメリカはイラクの空爆をシリアにも拡大することをほのめかし始めたし、エジプトやサウジアラビア、カタール、UAE、ヨルダンが、シリア問題解決を外相会議で話し合ったとも聞く。

これらの、オスマン帝国の解体によって成立し、その後それなりに安定している国々は、(程度の差はあれ)イスラムを国家運営に適用しながらも、自分たちの国を超えるイスラム共同体には反対である。当面IS国がシリアとイラクの一部に限られるとしても、イスラムのより正統的な理念による国家の自らに及ぼす影響を恐れているからだ。彼らはこの点において米欧と利害を一致する。

しかし、シリアにおいてISの伸長に抗することは、アサド政権を利することでもある。当のアサドも、反IS共闘を欧米に呼びかけているという(アラブ外相会談もアサドも、自分たちのイニシアティブを求めた上ではあるが)。今までの敵同士(米欧とアサド政権・イラン、イランとイスラエル、イスラエルと周辺アラブ国、イランとスンニ派アラブ諸国等)が新たな敵の出現に共闘するという中世的な図式が出てきた。

ここには、100年前のサイクス・ピコ協定に立ち返って問題を組み立てなおそうとする視点もなく、かつてのイデオロギー的対決には存在していた理念もない。せいぜいが、(自分たちの国の安定と利害を守るために必要な)紛争の終結を目指す、といったものであり、その紛争の原因となった問題の解決になど関心はない。

中東の悲劇は、両大戦後の問題が固定的に、しかも分断的に引き継がれたこと、それらの問題は独裁的な権力によって蓋をされていただけであって(新欧米であれば独裁は容認された)、その力が弱まるとたちまち噴出してくることにある。噴出した場合の周辺国と欧米の軍事介入は、本質的な問題解決どころか、人びとの暮らしやコミュニティーを破壊し、更なる混迷を招き、怨念を増殖させるだけだ。ここにまた、次の紛争の種が撒かれ、芽を出す。

こうして見ると、(理念を装った建前を脇に置けば)なんでもありのような欧米と親欧米アラブ諸国に比して、一人正当で正統な理念をかかげているのはむしろISではないのか、とも思えてくる。その時、彼らの理解の枠を超えた行為を糾弾するのにも、政治イデオロギーとしてのイスラムやイスラム法の知識や理解が必要になってくる。たとえば、彼らの「酷薄な厳罰主義」(中田考)は真にイスラム法に則っているのか、というような問いかけである。これらの知識がないと、ISはただの野蛮な殺人狂集団であるというような感情的な忌避感にしか達することができず、それはまた、本質的な問題に向き合う回路を遮断する。

IS国の処刑は許容できない。もちろんである。とすれば、イスラエルのガザ攻撃に対しても同様の姿勢で臨むべきであろう。今回のガザ攻撃に関しては、ユダヤ人の間からも、ホロコーストを生き延びた者として、ナチの民族浄化と同じ理論でパレスチナを攻撃するのは許容できない、それは正しいユダヤ教の教えでもない、という声があがっている。このような、行為の不当性を、その支柱となっている論理や理念そのものにおいて批判することが必要だろう。

このことが急務であると思うのにはもう一つ、ISへの外国人参戦者の増加もある。今やISの戦闘員5万人に対し、外国人は2万人であるという。多くは中東からの移民二世三世だろうと言われている。彼らは、民主主義国家が掲げる高邁な理念である自由・平等・博愛も人権尊重も、自分たちには適用されないというダブルスタンダードを身をもって体験し、怒りと絶望の結果イスラム回帰に至ったた人々だと言える。

欧米諸国が彼らの帰国を恐れて力で叩きつぶそうとしても、彼らの怒りや絶望を消滅させることはできないだろう。何故彼らが「イスラム国」に惹かれるのか、自らの国のありようを振り返ってみることなしに、真の問題解決はない。恐怖と嫌悪による排除では、彼らのイスラムは一層急進化するだけだろう。

イスラムはもはや、異なる価値観や宗教として全否定して叩き潰せるものではない。日常生活の行動規範を伴う特殊な宗教というだけでもない。1400年を通じて鍛え上げあげられてきた、強固な政治イデオロギーであり、法・政治制度でもある(ということが少しわかってきた)。今、それを認めるところに来ているように思う。理解の及ばない部分、理解を超える部分はある。けれども、理解できない部分を(互いに)抱えていくのをあたりまえのこととして引き受け、多元的な寛容を掲げ、包摂し、相手にもそれを求めていくしか、私たちに共存の道はないように思う。

けれども、現実を見ると、私の書いていることはあまりにナイーブだと思えてくる。ムスリム内部からの、IS国の行為をイスラム的に批判する人たちの声も、領域国民国家としての利害から発せられているような気がしてしまうし、米欧においては、そのようなアプローチの気配すら感じられない。暴虐の応酬はただ双方に死と破壊の数を積み上げるだけたというのに。

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2011年2月 シリア中部 パルミラ近郊

 ※この記事はProvai.ciaoからの転載です。
元記事ではその後も追記しています。
元記事で読む ➾ 

 

参考

ISに対抗し、宗教者が結集へ – 長谷川 良(アゴラ)(BLOGOS 8/27)
溶解始まる中東の秩序 (日本経済新聞 8/24)
国際社会とイスラム国(その2) – 水口章:国際・社会の未来へのまなざし –(8/23)
集英社新書『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-語録』書評 / 中田考「シリア、イラクで戦う相楽左之助」 
時事ドットコム:イスラム国「かつてない脅威」=対処にあらゆる選択肢−米国防長官 (8/22)
ドイツ・イタリア、イラクのクルド部隊に武器供与用意 | Reuters(8/20)
あらためて、カリフ制って何 ? (Provai.ciao 7/9)

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「イスラム国(IS)」対「領域国民国家」、内戦のその後 (PROVAI.ciao 9/1)

IS をめぐって泥沼の戦争になる可能性も出てきているので、
こちらは情勢を追うメモとして。

 

 

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