Mensile130101 SIGHT のおかげで…

posted in: 月誌 | 0 | 2013/1/2

SIGHT のおかげで明るい気持ちで年を越せた。

『SIGHT  54号2013年冬号』
●特集「大丈夫か、日本。暗黒の4年が始まる?」

SIGHT 54号2013年冬号

掲載記事は全て選挙前の発言・考察。
つまり、投票結果とはまったく関係なく、
日本社会はこういうところにいるってことだよね。

「つぎの4年間は捨てなきゃいけない」とは孫崎氏。
このあとぐーっと右にいく、安全保障は対米追随で、社会は弱者切捨て、
それで国民は「もう一回騙されたか」と気づくと。
ほんとに気づくかなあ、とは思うけれど、
「捨てなきゃいけない」というのは新鮮だった。
当然ながら孫崎氏の「捨てる」は、
あきらめるとか、投げやりになる、ということじゃない。
ここはぶつくさ言っててもしょうがない、ばねは振り切れたら戻るから、
そのときのために力をたくわえよう、ということだ。

源ちゃんと内田さんは対談で、3.11と今回の選挙が「戦後民主主義の底」だと言う。
朝日の論壇時評でもそうだけど、源ちゃんが紹介してくれる事例がすごい。
双葉町の井戸川町長は、「プロメテウスの輪」で取り上げられて以降、
あちこちで名前を見るようになったなあと思っていた。
そしたら12月20日、議会から不信任決議案が出て、あっさりと可決された。
これを受けて、町長は辞意を表明している、
というような報道があったと記憶しているんだけれど、調べてみたら違った。
町議会解散、再選挙という結論のようだ。

「プロメテウスの輪」にも、
役場までを含めての全村避難を模索敢行する町長たちと、
避難しなかった人たちの間に生まれた亀裂が描かれていた。
不信任決議案は、直接的には中間貯蔵施設の受け入れの会議に、
町長が欠席したことを理由に挙げているけれど、
以前から反町長の感情や動きはあったのだろう。

それに加えて、町長の、被ばく被害に対する厳しい基準や要求が、
県や国、もちろん東電等には疎まれている、という図式も透けて見える。
だからこそ、他県の人々も、ことの重大さに口を開き始めているようだ。
マスコミがほとんど報道していないにもかかわらず。

・「正しいことしてるから叩かれる」~双葉町・井戸川町長を応援してください!
「井戸川町長辞任要求について」 監督・舩橋淳

「4年間を捨てる」にあたって、
私たちが獲得しなければいけないものの筆頭は、
確かに源ちゃんが指摘するように、
「(政治を語る上での、自らの)言葉」なのかもしれない。
町長は原発事故の後、一人で学び、考え抜き、自分の「言葉」を獲得した。
以下、映画『フタバより遠く離れて Nuclear Nation』の中で、町長が、
「町長にとって民主主義とはなんでしょう?」という質問に答えたもの。

「代務者、代議員にすべて任せるのとは違うものと考えます。すべての代務者(代議員、公務員)は、『ウソ・偽り』を許されると勘違いを横行させることではありません。任せられる者任せるものとの信頼関係の下に隠蔽や偽りがない代務を行うことを原則として、任せられた者は任せた者の意向を勝手にできない約束ができていることが大切です。従って、この信頼を壊した者は代務をやめさせる権利が、任せる側になければならない。『信頼』に大きな権限を与え、代務者に資格基準を求め、品性、品格、正義がなければならない。国民のデモを取り締まる権限を代務者に与えてはいけない。裁判官にも国民の厳しい監視が必要です。公正の判断をしたか評価する機関を国民が持つことで、国際的評価を得ることができる。今回の事故から学んだことです。国民の誰もが認めることができない野田総理の『原発事故収束』発言のような愚かなことが繰り返されたら恐ろしい。総理発言に裏付けがないとなれば恐怖社会になってしまう。民主主義とはこのようなことではありません。代務者の発信には、国民の理解がなければなりません。民主主義には完成はないかもしれないが、国民にも自制が必要です。公正な執務を求めるために、代務者に個人(企業)の利益を求めることに制約も必要です。国民の見えるもの、理解が出来るものに限らないと大きな混乱をきたします。互いの立場を尊重してこそ完成するものと思います」

民主主義について、このような言葉で語れる政治家が、どれほどいるだろうか。
また、双葉町のホームページの、「町長からのメッセージ」では、
町民に、繰り返し、被ばくによる被害は将来にわたるのだ、
自分たちや子供たちが損になるような選択をしてはならない、と訴えかけている。
・福島県双葉町公式ホームページ臨時サイト【災害版】 < 町長からのメッセージ

SIGHTの感想を簡単に書くだけのつもりだったのに、
井戸川町長をめぐる動きについて検索していて、
つい踏み込んで考え込んでしまった。

町長が学び、考え、獲得した「言葉」は、きっと町民に届いていると思う。
通常だったら、あるいは原発事故をこのような形で蒙っていない人には、
それが届くには時間がかかるかもしれない。
けれども、双葉町のひとたちもきっと、町長と同じように学び、考え、
「言葉」を獲得しているのではないかと思うのだ。
彼らには「捨ててもよい時間」など、ないとはずだから。

藤原帰一氏の、「日本の二大政党は政府党と在野党である」というのは、言いえて妙。
私たちは、「在野党」も政権をとると「政府党」になってしまうのを目の当たりにした。
これが日本の二大政党なんだ、ということの意味。

そして、湯浅誠さんや保坂典人さんのような人がいてくれるのが、
日本にとってどんなに大きな救いであることか。
東浩紀の「古臭い」試みの新しさもそうだけれど。

これらの人々の「言葉」が、
私の情けなさや、さらには怒りを、かなり解いてくれた。
新たな力も湧いてくるような気がする。

こういった経緯のなかで、ネット右翼のことを、もう一度考えている。
前中国大使の以下のような記事もあった。
・大使車襲撃、その時…(丹羽宇一郎氏の経営者ブログ)

これを読んでも、丹羽氏は、
しっかりとした自分の「言葉」を持っている人だということがわかる。
こういう人を更迭してしまう日本の政治・外交が、

いかに稚拙かということもわかるんだけど、
コメントがまた興味深かった。

日経Webの読者ということで、
中国や海外で働いている(いた)ビジネスマンが多い。
そういう方以外にも、ほとんどは、丹羽さんに敬意を払い、労をねぎらい、
賛同している人ばかりだった。
記事のボリュームを凌駕するこれらのコメントを読んで、
それまで感じていた情けなさは薄れていった。

が、なかに、少数だけれど、短絡的で浅薄な、
否定的右翼的なコメントがあった。
その確認のために再度アクセスして驚いた。
数日前に読んだときに比べて、コメントが相当数増えていたのた。
しかも増えていたのは肯定・支持コメントばかり。

それらを延々と読んでやっと見つけた否定コメント。

50歳代男性
対中国に対して日本の国益を損なってきた人物による,言い訳がましい文章は見たくもありません。もう過去の人なのですから,静かに隠退していただくのが良 いでしょう。いちいち過去の人の駄文を取り上げるほど,日経は記事ネタに困っているのですか。このような連載は急遽やめていただきたい。

Josephさん、60歳代男性
貧困・困窮にある中国人を救うのは、中国政府自身の責務である。中国政府は、経済発展に心血を注いでいるが、その一方では、異常な程の金を投じて軍拡を推進、東・南シナ海の覇権を狙っている。敵に塩をやるのも限度が有るはずである。

いずれも、この手のコメントにしてはとてもおとなしいものだ。
さすが日経の読者と言おうか。
しかし、あれだけの肯定・支持コメントのなかにあっては、
誰も歯牙にもかけないだろう。
重要なのは、正しい自分の「言葉」を、
このような形で繰り出していくことなのだと、あらためて思う。

これこそ、友人に向けられた、
2ちゃんねるやネット右翼の攻撃的な”言葉”の空疎さを、
顕にしていくのだと思う。

そしてまた今日、小田島隆さんの記事を読んだ。
・吉例!帰ってきたビジネスいろは歌留多

かるたのなかの私のベストスリー は、
《い》維新の上にも3年
《た》大山鳴動マウスワンクリック
《し》四十にしてマドモワゼル

なんだけれど、この記事のコメントにやはりネット右翼チックなものがあった。
石原・維新批判に対する感情的な反応。
その確認に再訪してみたら、見事に消えていた。
レベル低かったからなあ。

ということで、この国、捨てたものではないかも、
と思わせてもらった1月1日であった。

攻撃を受けた友人にも、こういう援護射撃が多数あることを祈りつつ。

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