Mensile1107_1 – ばななさんの「カプリ賞」と原発の時間

posted in: 月誌 | 6 | 2011/7/21

7月もあと10日あまり…。
6月には5月から考えていたことを書き始めたんだけれど、
収まりがつかずに宙ぶらりんになっていた。

実際本当に忙しかったのだ。
けれども、収まりのつかなさが時間不足だけのせいでないことも確か。
気持ちも考えも、あれ以来収まりがつかずに来ているし、
このあとも長く収まらずに行くのだろう。

書きかけていたのは、「イタリアの時間、日本の時間、原発の時間」についてで、
それが7月になって、よしもとばななに「カプリ賞」が贈られたこととつながった。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110703/art11070309410006-n1.htm

これまで「カプリ賞」というものを知らなかった。
受賞のニュースもネットで知った。
ばななさんが授賞式で朗読した「ばらの花」も、
それが掲載された下記のサイト「復興書店」のことも、 検索して知った。

http://blog.fukkoshoten.com/?eid=640362

よしもとばななは、イタリアでも人気があり、評価もされている作家だけれど、
「カプリ賞」が、「文章の詩的な優美さと洗練された言葉遣い」を持つ作家とともに、
「大震災に際して示した強さと尊厳」をたたえ、日本国民にも贈られたことが、
イタリア好きの私としては、あの国の暖かさを示すようで二重に嬉しく、誇らしかった。

「ばらの花」は地震直後の心境をつづった短いエッセイで、
日常に突然訪れた災いと死をめぐって、哀しみとぬくもりが静かに混ざり合った、
ばななさん特有の、軽みと深みを併せ持った文章だった。

そのなかで特に共感を覚えたのは、

あれから、愛する人たちに心で手で目で触れることが、少しこわくなった。
行ってらっしゃいと別れるのが、じゃあまたね、と手を振るのが、
ハグするのが少しだけこわい。
でも、一生直らなくていい。
私は元の生活になんか戻りたくない。
この経験をした自分のままでいい。
こわいままでいい。

という部分、特に最後の四行(実際には改行は無い)。

あの日を境に、変わってしまったものがある。
それはひとつだけではないし、新たに芽生えたようなものもある。
川上弘美は「静かな怒りがあれ以来去らない」と書き、
橋本治や天野祐吉は、TV番組やCMがそれまでの「日常」に戻ったときのギャップに、
違和感を記している。
私もやはり変らぬ怒りと、違和感を抱えている。

けれどもこれらは、ばななさんが愛しげにつづった、
変容した「日常」の意味と同様、 けっして否定的なものではない。

変ってしまったものは、あるいはむき出しになったのだ、とも思える。
実はこれまでもずっとそこにあったのに、
なぜか隅に追いやられていたり、
分厚くほこりをかぶっていただけのもの。
実はこれらは、本当はとても大切なものだったのだと。

 

このところネットメディアを追う余裕がなくて、 新聞に目を通すだけで終わっていた。
その新聞に踊る文字に、原発再稼動をめぐる「混走」というのがあった。
記事は、菅内閣にというより、菅さんに向けられた批判である。

が、日本は、国民も政府も、産業界も学者もマスコミも、
この半世紀はもとより、チェルノブイリの事故以来の25年でも、
原発について、楽観的で近視眼的な見方しかできない国だった。
リスクの高い科学技術を、神話とタブーという非科学的なものでくるみ、利益を得る集団と、
(一部の人たちを除いて)「こわい」ものを見たくない、考えたくない人々の国だった。

そんな国が「この経験」の直後に混走しないことなどあり得ない。
もしことがスムーズに進むとしたら、むしろそのほうが恐ろしい。
それは、「この経験」のあとにも、
この国が少しも変らず元のままである、ということだから。

原子力安全委員会斑目委員長の、
「3月11日の前に戻りたい。なかったことにしてほしい」という発言があった。
正直な声ではあろうが、これを原発被災者はどう聞いただろう。
この「戻りたい」は、「地震も事故も夢であったなら…」と、
痛切な思いを呑みこんできた人たちの、
その「戻りたい」とは、まったく違う意味合いを持つ。

元のままを望む人たちがいる。
「混走」は、私には、「元の生活に戻りたい」人たちと、
「一生直らなくていい」という人たちとの、攻防にも見える。

今日(20日)の朝日新聞は、チェルノブイリ事故後、当時の中曽根首相が、
安全論議を避け、反原発をイデオロギー問題にすり替えたことによって、
一層の原発推進が確定されたと分析している
(ドイツやイタリアの場合は、このチェルノブイリ後が大きく違う)。

攻防は新聞紙面にもある。
この記事の裏面には、民主党議員の、
「首相の言動はポピュリズムだ」という意見が載っている。
さらに、脱原発によって電気料金が上がるということと、
産業の空洞化を声高に語る(このふたつは最近勢いを増している声だ)。

けれども菅さんの「脱・原発依存」は、私には、
久しぶりに聞く政治家のビジョン、未来の国家理念につながる言葉だ。
ここから、原発とエネルギーを、目先の汚染と経済だけで見るのではなく
(これらが非常に重要なことは言うまでも無い)、
この先私たちは日本をどんな国にしていきたいのかという視点から、
考えることが始まるのだから。

ストレステストと「脱・原発依存」宣言以後、ますます菅おろしが加速しているのが、
本当に情けない。

私たちの国はこれからも、危険を金で過疎地に押し付けて、
地方の財政自治をスポイルしながら、
平気で電気を享受する都市生活国家であり続けるのか。
社会インフラである電気を、既得権益死守集団の手に委ねたまま、
まっとうな民主主義国家とは言い難い、いびつな「ムラ」社会であり続けるのか。
私たちが脱しなければいけないのは、そのような「日本というシステム」(宮台真司)、
依存的な思考(欠如)体質から、ではないのか。

 

ばななさんが「ばらの花」を読んだカプリでは、
強い日差しにきらめく真っ白な崖の岩肌や、
ナポリ湾を隔てたヴェスビオの、駱駝のふたつのこぶのようなシルエットが、
あざやかに海に浮かんでいたに違いない。

高速船が着く北の港は、
半日かけて青の洞窟だけを見て帰る観光客で、ごったがえしていただろう。
オープンカーのタクシーに荷物とともに乗り込むのは、
もう少し滞在時間を取れる人たち。

ケーブルカーで急な傾斜をウンベルトⅠ世広場まで登れば、
世界中からやってきたバカンス客が、
ジェラートを手にブランド店のウィンドウを冷やかし、
写真を撮りあっている。

この人たちは、アナ・カプリの町まで足を伸ばし、
19世紀に建てられたヴィラ・サン・ミケーレで、
なめらかな黒い肌のスフィンクスの像と一緒に、
ナポリ湾を見下ろすこともできる。

広場に戻り、入り組んだ細い道を抜ければ、急に 賑わいは途絶え、
南の海を望む斜面に、白い壁のヴィラ-別荘-が並んでいる。
ブーゲンビリアがびっしりと花をつけた生垣、
つる草をかたどった鋳鉄製の門扉
から覗く緑の庭園、
扉の脇の石壁には、表札代わりに色々な鳥が描かれたマヨルカ焼きのタイル、
鳩邸があれば鷲邸がある。
時々はオレンジやレモンの果樹園。

あまりに眼を楽しませてくれるものが多くて、
車も通ることの出来ない細い道を岬の端までたどるのが、
少しも苦にはならない。

現代の別荘街を抜けると、2000年前にこの島を愛し、
(人嫌いもあって)26年間もここからローマを遠隔統治した、
ティベリウス帝のヴィラが遺跡となっている。

そんな散策をしていると、時間の流れ方が、
目に見えるほどゆっくりと感じられてくる。
今、目の前に見える時間が、確かに、
200年前や2000年前から続いていると感じる。

日本では時間は、人間の目に捉えられるほど悠長に流れてはいない。

ローマには、行くたびに必ず立ち寄る建物がある。
古代に建てられた万神殿、パンテオンだ。
ラファエロが眠り、イタリア統一時(1861年)の国王もここに眠る。
観光客はミサなど特別の行事がない限り、だれでも無料で中に入ることができる。

パンテオンは、最初は紀元前に建てられ、100年以上後に再建され、
1900年を経た今も、当時の姿をほぼ完全に保ったまま、
現役のキリスト教の霊廟として機能している。

私たちは、いつかは廃炉にしなければならない原子炉や、
ずっとリスクを管理し続けなければいけない使用済み核燃料を、
どれくらいの時間的スパンで考えてきたか。
事故が明らかにしたのは、この国は、
原発の時間ときちんと向き合ってはこなかった、
原発の時間を日本の時間に無理やり押し込めてきた、という事実だ。

脱原発がドイツにできて日本にできないとしたらそれは何故か。
国民投票がイタリアにできて日本にできないのは何故か。

両国とも隣国から原発の電気を買えるからだ、選挙対策(ドイツ)だ、という見方がある。
集団ヒステリー(イタリア)だ、とコメントした議員もいた。
国民投票には反対だ、政治は政治のプロに任せるべきだと、
前原議員は紙面で語った。

エネルギーを巡って、民と国が共にひとつの結論を導き出した国も、
電気代の高騰や、産業の空洞化や、この冬の電力不足の問題と無縁ではない。
私には彼らが、目前のマイナス要因を超えて、
その先の時間を冷静に見通しているように見える。
時間を見通す目線をどれほど遠くまで投げることができるかが、
彼らと我らの違いではないか。

彼らの選択は、2000年の時間を生き抜いてきたものを、
目に見える日常の生活の中に、そして思考の基盤に、持っているゆえではないのか。

それをムードやヒステリー、ポピュリズムと言うのは、
あまりに民をばかしにた浅薄なすり替えに、私には思える。

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