「マイケル・ジャクソン裁判」が明かすもの

posted in: 読書NOTE | 2 | 2009/9/20

●「マイケル・ジャクソン裁判-あなたは彼を裁けますか?」
         アフロダイテ・ジョーンズ・著(押野素子・訳)
         (株)ブルース・インターアクションズ 2009.5.21・刊

マイケル・ジャクソンの周囲には、何があろうと熱狂的に支持する人々と、彼を理解できないと否定的に捉える人々の、極端な二つの層がある。もちろん前者は彼のファン、そして後者の代表はマスメディアだ。どちらに分があるかは言うまでもない。従ってこれまで、マイケルは「キング・オブ・ポップ」であると同時に、メディアによって数々のスキャンダルを面白おかしく流布される、「キング・オブ・ゴシップ」でもあった。

 

初期のゴシップは、その突飛のなさで、彼の勲章のように見えなくもない。高酸素室の中で寝ているとか、エ レファントマンの骨を買おうとしているとかの話題は、マイケルでなければ通じないジョークのようでもある。この頃のゴシップは、本人も笑い飛ばしていたのではないか。彼の死後、妹のジャネットは「マイケルはいつも冗談を言って笑っていた。楽しむことが好きだった」と語っているし、メディが流すゴシップとスターは、いくぶんかは共犯関係にあるものだ。

けれども、マイケルに対するゴシップ記事は、次第に悪意の度を深めていく。それは彼の外観の変化にあわせて、過激になっていったようにも見える。外観の変化は、その是非は別にしても、確かに常人の理解を超えるものではあった。メディアは、「変わり者」ではあるが品行方正で、ハメをはずすことのなかったマイケルに、格好のゴシップネタを見つけたわけだ。

だが彼がもし白人だったら、あるいは女性だったら、これほどの非難は起きなかったように思う。メディアの揶揄や嘲笑が一番大きかったのがアメリカである。 彼は、人々が受け入れられる「らしさ」の枠を大きく超えてしまった、その「らしさ」の枠組みや締め付けがどこよりも厳格で大きいのがアメリカだ、というの が私の見方だ。

(アメリカは世界で一番自由で多様性を認める国だというのは、ある意味美しく誤解されたイメージに過ぎない。だが、そのことに対する権利意識を高く掲げて、長く地道な戦いを重ねてきたのもアメリカだ。評論家の湯川れいこ氏も、マイケルの死亡直後に、マイケル・ジャクソンがいたからオバマがいる、と新聞にコメントを寄せたが、同感である。)

メディアの攻撃がエスカレートするとともに、マイケルのメディア嫌いにも一層拍車がかかる。
そこに、1993年、「少年に対する性的虐待」で告訴騒ぎが起きる。メディがこれに飛びつかないはずはない。このときは、裁判になった場合の時間的ロスを憂慮したビジネス上の理由から、和解金を払っての解決となるが、ゆえに「疑惑」はクリアになることなく、10年後に再燃する火種となる。

事件の後、マイケルに対するメディアの否定的な報道も加熱したが、マイケルも、メディア、特にゴシップ専門のタブロイドに対して、あからさまに非難する歌さえ作る(「タブロイド・ジャンキー」)。するとメディは更に、根拠のない憶測や悪意を持って、彼を扱うようになる。今もネット上に残るこれらゴシップ記事は、明らかにハラスメントであるものも多い。マスメディアとマイケル・ジャクソンの間には、このような負のスパイラルを描く戦いがあった。

そして2003年11月、「マイケル・ジャクソン裁判」となる事件が起きた。この裁判は、それまでのメディアとマイケルの戦いの歴史の、ひとつの帰着点だと言える。発端となったのは、イギリス人ジャーナリスト、マーティン・バシールによるテレビ番組だった。

それまでインタビューに消極的だったマイケルが、珍しくバシールを信頼し、長時間にわたって取材を受け入れた結果、この「ドキュメンタリー」番組 (『Living with Micael Jackson』 邦題『マイケル・ジャクソンの真実』)は作られた。この番組でのマイケルの「少年」に対する言及や態度から、性的虐待を疑った視聴者が通報、10年来彼を この「疑惑」で追い回していたトム・スネドン検事が捜査を開始、逮捕に至る。

原告となったのは、末期ガンの患者として、マイケルから精神的、経済的援助を受け、その後ガンが治癒した少年である。彼とその家族は、「失われた子供時代 を取り戻すため」にマイケルが築いた私邸「ネバーランド」に自由に出入りし、様々な特権を享受していた。少年はその「ネバーランド」で、マイケルから性的虐待を受けたと訴えたのだ。

裁判においてマイケル・ジャクソンは、性的虐待の他、未成年に飲酒させた罪など、起訴された14の罪状の全てで無罪を勝ち取っている。にもかかわらず、彼の「少年への性的虐待」は、その後も絶えず「疑惑」として語られる。一人の天才、二人といないスーパースターの、「栄光と転落の軌跡」として。

だが、これはほんとうに「転落」なのだろうか? 
確かに栄光は、彼が自らの力で掴み取ったものだ。
一方、その死が最後に置かれる「転落」に、彼の責はどれくらいあるのだろう?
そもそもこれを「転落」と呼ぶことは、妥当なことだろうか?

この本「マイケル・ジャクソン裁判」で事件の様子をたどってみると、「転落」と呼ぶ事に対する「疑惑」が生まれるはずだ。マイケルが復活を果たすべく行っ ていたコンサートリハーサルが映画として公開されるが、彼の「転落」に対する見方は、この本や映画や、これから出てくるであろう、彼に愛と尊敬を捧げる言及で、少しづつ変わるかもしれない。変って欲しいと思う。

「マイケル・ジャクソン裁判」は、ひと言で定義することが出来る。これは100%冤罪だ。しかも何重にも悪意が重ねられた挙句の、相当たちの悪い冤罪だ。 彼は、単に誤ってぬれぎぬを着せられた者ですらない。むしろ、明らかな意図を持って謀られた犯罪の、被害者と言う方が正しい。

マイケル・ジャクソンは、トム・スネドン検事を人権侵害と名誉毀損で訴えてしかるべきだった。スネドン検事は、予断と偏見に満ちた捜査と逮捕、そして裁判を仕切った。
更に、この裁判の原告である少年とその家族を、献身と信頼を裏切りに変えて利益を得ようとした詐欺罪で、訴えるべきだった(その後母親は、福祉に対する別 の詐欺事件で有罪となった)。そしてもう一人、この「疑惑」の呼び水となったテレビ「ドキュメンタリー」を取材製作したジャーナリスト、マーティン・バ シールを、同じ罪で。

最後に彼が訴えるべき相手は、売れるスキャンダルを求めるあまり、報道という役割をいともたやすく忘れるマスメディアとなる。だがマスメディアは、本能的に大衆の隠れた意図を掬い取るものでもある。ゴシップ紙も、人々がそれを喜んで買って読むから存在する。勝訴によっても、このことに対する彼の怒りと、愛し、信じ、尽くしてきた少年に裏切られた痛み、心の拠り所として大切にしていたものを踏みにじられた悲しみは、癒されなかったに違いない。

マイケルは、裁判が終わった数ヵ月後にアメリカを去り、バーレーンに移り住む。その後アメリカに戻っても、「ネバーランド」に暮らすことはなく、たくさんの子供たちをそこに招くことも、もうなかった。

この本の著者も、ニュース番 組で反マイケルのコメントを発しながら、裁判の行方を追っていた。彼女も、他のほとんどのマスメディアと同様、マイケルの有罪を確信して(あるいは願って)いた。だから公判中、自分が「マイケルの無実について本を執筆しようとは、全く考えてもいなかった」と言う。

公判では、検察側の「疑惑」の証拠も証言も、信憑性が疑われるものが多かった。だが一番興味深かったのは、法廷に映し出されたマーティン・バシールの「ドキュメンタリー」番組と、そのインタビューのノーカットバージョンだ。番組は検察側の証拠として、一方マイケルの専属カメラマンによって撮影されていた ノーカットバージョンは、弁護側の証拠として提出された。

マイケルはバシールが、番組の収益を慈善団体に寄付すると申し出たために、インタビューを無報酬で受け入れた。一旦受け入れると、マイケルは彼を「ネバー ランド」の奥深くまで招じ入れ、それまでほとんど語ることのなかったプライバシーや創作の秘密さえ、問われるままに率直に答えた。

バシールはノーカットバージョンで、マイケル・ジャクソンの音楽を賞賛し、子供たちに夢を与える「ネバーランド」(膨大な広さを持つ邸宅内には遊園地や動物園などもあった)と、そこにたくさんの子供たちを招くマイケルのプロジェクトを褒め称えた。だが「ドキュメンタリー」でそれらの部分はカットされ、代わ りに流れたのは、バシールによるマイケルに対する否定的なナレーションだった。

ナレーションは、マイケルを親の責務を果たしていないと批判し、顔に対する執着(といってもこれは、そんなタブロイドのようなことを訊くなと言うマイケル に、バシールが執拗に食い下がって発言させている)をあげつらい、「ネバーランド」は病気の少年たちにとって危険な場所だと警告した。

カットされたのはバシールの言葉だけでない。マイケルの重要な受け答えも意図的に排除されていた。編集によって強調されたのは、世間一般とはかけ離れた マイケルの暮らしぶりや、これまでもスキャンダラスに取り上げられてきたテーマの再現、そして自分の「失われた子供時代」や、子供たちに対するマイケルの” 過度な思いいれ”だった。

メディアは、撮影した映像をいかようにも切り張りし、見るものに望み通りのイメージを与えることができることを、二つの映像は証明していた(マイケル側の 映像は、「裏切られたマイケル・ジャクソン」という番組にもなった。いずれもYou Tubeなどで見ることが出来る)。
それなのに、裁判の取材票を持った2200ものメディアのうち、バシールの「ドキュメンタリー」の偏向ぶりを報道したのはたったニ紙だけだったという。

驚くべきはメディアが、陪審員や傍聴人と同じように、事件についての証拠を目のあたりにし、検察側と弁護側の証人尋問とその受け答えを耳にしながら、それらを公平に報道しなかっただけでなく、自分たちに都合の良い判決、即ち「マイケルの有罪を確信していた」ことだ。

この本の序文で、裁判でマイケルの弁護士を努めたメゼロウ氏は述べている。
「世界中のメディアが、マイケル・ジャクソン裁判を取材した。ここまで大規模に取材された裁判は、今までなかった。おそらく今後もないだろう。悲しいこと に、マイケル・ジャクソンの栄光と堕落を描いた映画、テレビ、書籍は、膨大な収益が見込めると考えられていた。しかしこれらのプロジェクト全てを成功裏に 完了するには、マイケルが有罪となる必要があった」 

裁判が無罪判決で終わった後、著者は、「マイケル有罪」という”甘い”えさに踊らされたメディアの「狂乱」に、罪悪感を覚え始める。「(私も)検察側の主 張にあわせて、報道を歪めたことすらあった」、「メディアの中でマイケル破滅の陰謀があったとするならば、明らかに私も当事者の一人だった」と。

このような謙虚な自己反省があったからこそ、この本は生まれた。彼女のように誠実で勇気あるジャーナリストがいてくれたことは、確かに救いではある。だがこの裁判が、マイケルの心身に打撃を与えたことは間違いない。それは彼の創作に影を落としただろうし、結果的に、後の世界は大きな損失を被ったことになる。このことの損害賠償を、私たちは一体誰に求めたらよいのだろう。

しかも3ヶ月前、彼は唐突に私たちから奪われた。
この本がアメリカで出版されたのは、裁判終結二年後の2007年、日本語訳が出たのはマイケルが亡くなる一ヶ月前のこと。遅きに失したと感じるのは、私だけではないだろう。

それでも今、少なくとも彼の「疑惑」に触れるメディアは、この本を読むべきだ。自分たちが犯した誤りと、今後も犯し続けるだろう誤り、そしてメディアが持つ力の危険性に、真摯に向き合うために。当事現場にいた2200ものメディア関係者も(あれから4年後では皆まだ現役だろう)、たとえ既に記憶が飛んでいたにしても、この本を読めば、著者がしたように、膨大な裁判の記録を再調査する裁判所命令を、要請しなくともすむ。

この本には、マイケル・ジャクソンの音楽やパフォーマンスについての描写はない。けれども、もう一つの彼の姿が鮮明に浮かびあがっている。神に与えられた使命だと自らも語っていた、子供たちに夢を与え、恵まれない人たちに手を差し伸べる姿だ。それらを彼は、メッセージ性の高い歌とパフォーマンスで訴えるだけでなく、自分に出来る限りのことで行っていた。

バシールとのノーカットインタビューでは、更なる夢や計画も語られている。それらの一部は、バシールがマイケルの鼻先にちらつかせた囮ではあったが、マイ ケルの行為も意図も、常識的なチャリティ活動の域を超えていたことがよくわかる。ノーベル平和賞に二度ノミネートされたことも、素直に頷けるというもの だ。

マイケル・ジャクソンの、メディアによってゆがめられたイメージしか知らない人々も、だから、この本を読むべきだろう。マイケルを知れば知るほど、彼を失ったなったことに対する悲しみが増すにしても。

改めて今、彼の残した音楽のいくつかに耳を傾け、歌詞を読んでみる。するとそこには、これら全てのマイケル・ジャクソンの姿があった。子供たちに慈愛の眼差しを注ぎ、理不尽で暴力的な大人の社会に憤り、傷つけられた魂を抱きしめている。だから、作品を通して、マイケルにずっと曇りのない目と心で向き合ってきたファンだけは、この本を読む必要はない。

●こちらは全ての人におすすめ!
新しいマイケルジャクソン」の教科書 (新潮文庫) | 西寺 郷太

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